2008/07/24

WBA世界ウェルター級タイトルマッチ展望

WBA世界ウェルター級タイトルマッチ(7/26、米ラスベガスMGM)
チャンピオン ミゲール・コット(プエルトリコ、32戦全勝26KO) -260(1.3倍)
挑戦者 アントニオ・マルガリト(メキシコ、36勝26KO5敗1NC) +200(3.0倍)

フロイド・メイウェザーが引退する・しないにかかわらず、私はこの試合がウェルター級最強を決める戦いであると思っていた。

シドニーオリンピックに出場してプロ転向後、8年間無敗、スーパーライト、ウェルターの2階級を制覇しているコット。この間、セサール・バサン、デマーカス・コーリー、ザブ・ジュダー、シェーン・モズリーといった強豪を退けている。

かたや、2002年にWBO世界ウェルター級タイトルを獲得して以来、このクラス最強といわれてきたマルガリト。今年シントロンとの2度目の対戦に勝ってIBF王座を獲得(返上)、この試合に勝てば3団体目のチャンピオンとなる。

コットの持ち味は攻防兼備の洗練されたスタイルにある。強打者でありながらディフェンスがうまいのは、おそらく打たれ強くないからと思われるが、最近は強打に磨きがかかってきた。コンパクトなフォームなのに、恐るべき破壊力がある。

一方マルガリトの持ち味は打たれ強さである。パンチをまともに食らっても前進を止めず、最後には相手があきらめて戦意喪失してしまう。あの9割KO率のシントロンのストレートを受けて立っていられたのはマルガリトだけであろう。

展開は、マルガリト前進、コットのアウトボックスで間違いない。そして前半は、コットの速さがマルガリトのしつこさを上回るはずである。その間に、コットがマルガリトを十分に痛めつけることができるかどうかが勝負の鍵となる。

スロースターターのマルガリトだけに勝負を後半に持って行きたいところだが、前半あまりダメージを受けてしまうと追い上げるのは厳しいような気がする。最近、マルガリトに歴戦の疲れが出ているようにみえるので、コットの判定、もしかしたら後半KOがあるかもしれない。

この試合は、月曜日のWOWOWでタイムリー・オン・エア中継される。

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2008/07/23

タホハイローとスト杯7月 ~ポーカーの奥深い世界68(続き)

スト杯メインは今日も5テーブルの満席である。この位の人数になると、ある程度ツイていないと、入賞圏内に残ることもむずかしい。だから勝ち負けにかかわらず、その日ごとにテーマを決めて臨むことにしているのだが、それどころではない展開となった。ともかく見たとたんにフォールドというハンドが延々と続いたのである。

休憩までの4ラウンドに来たペアは33だけ。AがらみはA5sが最高。参加したゲームはブラインド以外2回、あとはすべて下りてチップは3000点足らず。もちろんポットは1度も取れていない。チップ量を見たinoさんから「飲みに行くよー」と言われるが、実はそんなに負けているわけではなく、参加していないだけなのだ。

本当はブラインドが低いうちにやりたいことがあったのだが、そんなことを言っていられないくらい手が入らない。ここまで来ると、この流れがどう決着するのか見たくなった。この際、変に動かないで流れのままにやってしまおう。

と思っていると、休憩直後のハンドは初めての上位10%ハンドでAhKh。150-300だったのでメイク900でレイズすると、結果スチールで初ポット。4000点弱にまでチップ量を戻す。そして、再びハンドは冷える。アンティが始まるため、チップはどんどん減る。8時を過ぎて原点の半分、2500点を割った。

と、いうところで本日初のハイペア、AA到着。前にレイズが入っていてしかも相手はAQだったので、確率どおりダブルアップ。その20分くらい後に再びAA、これも勝ってダブルアップ。なんとか8000点と、しばらくは安心できる位置にまで復活することができた。

それにしても、そろそろ9時。開始3時間になろうとするのに、上位10%ハンドはAA2回のAK1回しか来ていない。その代わりにJ6からJ4は合計20回近くQ4からQ2も10回以上来ている。残り3テーブルからそろそろ2テーブル、チップ量の大きい人も入ってくる中で8000点ではいささか心許ない。

ブラインドも800-1600から1000-2000とどんどん上がってくる。レイズされると、こちらにとってはオールイン要求である。ここでATが2回来た。しかし、前に大きくレイズが入っているのでオールインorフォールドになってしまう。ATでは残念ながらコールできない。

久々に、前に誰も参加していないスチールチャンス、ハンドはQTオフスーツ。BBのmmxさんがコール、ハンドはJTおお珍しく75%である。フロップK77、ターン、J現物かストレートの9が出なければいいところで、リバーは。なんとチョップである。負けていた方がまだあきらめがつくくらいである。

結局最後はほとんど強制オールイン状態で、それでもハンドはT8s、本日では上位10%以内に入る手であった。しかし、またなかさんの66にフロップセットを作られてしまいゲームセット。14位という結果であった。

最近、こういう展開が多い。確かにそこそこ上位には残れるし、長い時間プレイできるのだけれど、「ここを勝てば一気にトップ集団」という状況でボートが開くのを待つということがほとんどない。今日も隣のテーブルでは、AAvsKKvsJJのオールイン対決で、Kが出たのにJが2枚落ちて逆転というゲームがあった。あれで負けると厳しいものがあるが、参加したゲームが3時間半以上で上位10%ハンド5回というのとどちらがいいのか、難しいところである。

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2008/07/22

タホハイローとスト杯7月 ~ポーカーの奥深い世界68

今週のスト杯ミニはタホハイロー。いろいろなポーカーゲームを楽しめるのがスト杯ミニのいいところで、ときには違ったルールで相手の出方を推理するのも、守備力の向上につながるのではないかと思っている。

タホはホールデム系のゲームで、場にフロップ、ターン、リバーと5枚のコミュニティカード(ボード)が出される点で共通である。ただし、それぞれのプレイヤーに配られるカードは3枚。オマハと違って、この3枚のうち何枚使っても使わなくてもいい。そして、ハイローが両方あるゲームである。

だから、ハイについてはより強い役ができる傾向にある。テキサスホールデムでもオマハでも、手の内から2枚しか使えない場合はボードにペアができていないとフルハウスはありえないが、タホでは手の内にペアがあればフルの可能性がある。従って、ストレートやフラッシュができていても、常に上がありうることを頭に置いておく必要がある。

また、ローゲームについてもボードに2枚出ていれば成立するので、より作りやすくなる。とはいえ、ローだけではポットの半分しか取れないので、オマハと同様にどちらかというと守りに使うことが多いかもしれない。

さて、いくらハンドが悪いことで定評がある私といっても、3枚配られればそこそこいい手は入る。序盤でKKxからリバーが落ちてキングフルができたり、手の内ダイヤのK75からフラッシュとローでスクープしたり、なかなかいい調子である。一方で、ハンドAAKから付いてこられて、Aワンペア以上に手が伸びず惨敗なんていうこともあった。

おもしろい展開になったのは終盤。フロップ633からターンも。私の手の内にはがある。上家のjumboさんも、下家のdurangoさんも打たない。しかしどう考えてもここでベットしてレイズされたら寒い。3はないかもしれないが、上のペアなどいくらでもあるし、仮になかったとしてもまくり目満載である。

結局誰も打たずにリバーは。durangoさんが6を見せた。「私も」と6を開くと、「当然でしょう」とjumboさんが開いたのは3。こういうことがあるから、油断できないのである。

道中でチップリ近くにいた場面もあったのだが、最後は残り3人の557からjumboさんにオールイン要求したところが、逆にKKKというスリーカードポーカーなら大儲けという鬼ハンドが出てきてショートスタックに転落、結局3位に終ってしまったのでした。

この時点で5時35分。スト杯メインまでもう時間がない。ヘッズアップの決着を待つ時間もなく、隣の一風堂に赤丸ラーメンを食べに行ったのでした。

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2008/07/18

古事記の謎(10) ~常識で考える日本古代史48

3.3 オオサザキ王とイワノヒメの説話が示すもの

前回のあらすじ
古事記下巻の最初に出てくるオオサザキ王(仁徳天皇)。実はわが国最古の歌集「万葉集」で一番作歌時期が古いものもオオサザキ王の時代のものである。そしてその歌の作者は、オオサザキ王本人ではなく、皇后のイワノヒメなのである。

イワノヒメの歌は4首、万葉集第二巻の最初に採られている。

君が行き 日(け)長くなりぬ 山尋ね 迎えか行かむ 待ちにか待たむ

あの方が行ってから、ずいぶんと日がたってしまった。山を探して迎えに行こうか。それともじっとこのまま待っていようか。

リズム感のあるやわらかい歌ではあるが、それでは皇后らしいかというと、そうでもない。一般庶民の歌と言われても、それほどの違和感はない。例えば額田王(ぬかたのおおきみ)の歌のように、「いかにも王家の女性が詠んだ」ものとはちょっと違うように感じる。オオサザキ王の業績にそれほどの存在感がないのと同様、ある意味平凡なのである。

では、このイワノヒメという皇后はどういう女性なのだろうか。古事記によると、葛城のソツビコの娘という。葛城のソツビコの父は、建内宿彌(タケウチノスクネ)である。建内宿彌は、第八代天皇であるクニクル王(孝元天皇)の孫にあたり、後に何代にもわたる天皇の側近として仕えた人物であるが、建内宿彌について書かれているクニクル王の記事をみると、他の天皇と比べて際立った特徴がある。

その特徴というのは、非常に多くの豪族の祖先がこのクニクル王とされているのである。代表的なのは、蘇我氏や阿部氏であるが、他にも膳(かしわで)氏、許勢(こせ)氏、高向(たかむく)氏などなど、古代の重臣であった氏族の多くがこの中に含まれている。

もちろん、それぞれの氏族が由緒正しいことを主張しようとして、祖先が皇室とつながっていると主張することは十分ありえることなので、本当にクニクル王が多くの有力氏族の祖であるとは限らない。しかし、仮にそうでなかったとしても、イワノヒメがそれらの氏族とつながる血筋とされていることは重要である。

というのは、その夫であるオオサザキ王は、九州から進出して近畿地区を制覇したとされるホムダワケ王の子だからである。つまり、ホムダワケ王が近畿地区を征服した後にその子であるオオサザキ王を天皇として任命し、皇后には地域の豪族の出身であるイワノヒメが立ったというのが、オオサザキ政権の成り立ちであることを示唆しているのではなかろうか。(この項続く)

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2008/07/16

初夏特別連載 ~マダムYの素敵な新婚時代(1)

もうすぐ北京オリンピックが始まるのでビエラを買え、と小雪がしつこく言っている。そうか、またオリンピックかとマダムYは思う。マダムYがマダムになったのはもう24年前のロサンゼルス・オリンピックの年である。だからオリンピックというと、新婚時代のことを思い出してしまうのであった。

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新幹線を京都で下りて近鉄電車に乗り換え、さらに丹波橋で京阪電車に乗り換えて少し行くと、新居のある樟葉(くずは)に着く。日曜日の夜だった。当時の職場は1週間の連続休暇をとるのがやっとだったから、結婚式から4泊6日の新婚旅行を終えると、次の日には大阪へ行き、その次の日からは亭主は会社に行かなければならない。

マダムYにとって、大阪は縁もゆかりもなく、親戚もいなければ友達もいない。なのになぜ大阪かというと、もともと東京で知り合った亭主が大阪に転勤になったからである。独身寮が嫌で嫌でたまらなかった亭主と、親元から独立したくて仕方なかったマダムYのニーズがぴったり合って、結婚することにしたのである。

亭主が26、マダムYは23だったから、当時の平均初婚年齢からするとまあ普通だったのだけれど、その後晩婚化が急激に進んで、そんなに早く結婚しなくてもよかったという時代になった。でもその頃は、「女性クリスマスケーキ説」というのが広く信じられていて、女の子は24を超えると投げ売り状態になると言われていた。事実マダムYの友達の何人かも、高校を出て3、4年経つと次々と嫁に行きだしたのである。

新居は、駅から線路沿いに5分ほど歩いた高層マンション、職場の借上げ社宅であり、3LDKなのに家賃は月55,000円、敷金・保証金はなしという好条件である。15階建ての8階と真ん中へんの階ではあったが、マダムYはこんなに高い所に住むのは初めてであった。地面から離れたところに暮らすのは、ひどく不安に感じた。

新婚旅行は、その年にオリンピックが開催されるロサンゼルスに行った。当時はまだまだ1ドルが200円以上していた時代で、一人40万円以上のツアーだというのにエアーはエコノミーだしホテルもたいしたことがなかった。おまけに旅行会社の不手際で乗り継ぎがうまく行かず、初日からホテルに着くのが大分遅れてしまう。そのせいかマダムYはひどい時差ボケになってしまい、ろくに物も食べられず観光もできずに新婚旅行は終わってしまった。

新居に着いて次の日の朝7時過ぎには、亭主は会社に行ってしまった。3LDKの部屋にマダムYは一人残されてしまった。大阪に来なければならなかったため、職場は寿退社してしまい差し当たりやることがない。亭主が帰って来るのは早くて夜の9時、14時間も先である。こうして、マダムYの新婚時代は始まったのであった。(この項続く)

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p.s.その2 明日は出張のため更新をお休みします。

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2008/07/15

鮎を焼く

ガソリンが高い。暫定税率がストップしていた時は120円台だったのに、最近では180円に近い。ほとんど5割増しである。燃油サーチャージで海外へ行くのも5割増しだから、結局どこへ行くのも5割増しということである。

ようやく花粉症の季節が終わったのだけれど、そういう訳でなかなか遠出ができない。かといって、鮎も食べたい。というわけで鮎を買って来て家で焼くことにした。

千葉県北西部では一番うまい魚屋である八千代の「魚次」(うおつぐ)へ。鮎は養殖もののようで一尾280円。天然ものより心持ち体が大きい。それと九州産のさざえ一つ180円、ロシア産のほっけ580円、佐賀県産ステーキ肉780円とゴーヤ、アスパラなど夏野菜を購入。ついでに河内屋に寄って一番絞り6缶パック1080円と、久保田千寿一升3980円を買う。

今年の夏は意外と涼しいが、それでも昼日中は暑い。日が陰ってきた4時ごろから七輪に炭火を起こす。七輪を使うのは久し振りだ。細かい炭が真っ赤になり、大きな炭を入れて全体に火が回るまで3、40分。まず、初めて試みる鮎からである。

鮎は遠火の炭火で、串に差して立てて焼くとおいしいが、これは余分な水分や脂分が口から刺した串を伝わって出て行くからである。そこで、串をアルミホイルで巻き、立てて焼こうとしたのだが(写真)、中身が木であるから途中から串が燃え出してしまった。結局、普通に魚を焼くときのように網に乗せたため、水気が皮に出てきてしまい少しべちょべちょな焼き上がりになってしまった。

それでも、自分の家で焼いた鮎は特別で、初夏の味がした。引き続き、さざえ、牛肉、ほっけと七輪は大活躍し、冷えたビールと久保田千寿とともに夏の宵は魚の焼けるいい匂いでふけていくのでした。

Imgp0873 最初はうまくいきそうだった鮎の塩焼きだったが・・・。

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2008/07/14

値上げの夏

金曜日は会社を午後休にして、成田温泉へ。入口で料金を払うとき、「お一人様1000円になります」と言われ、一瞬止まる。あれっ、この前来たときは800円じゃなかったっけ?

そういえば、ガソリン値上げ(暫定税率復活)以来、まったく遠出をしていない。家の奥さんによると近所のみなさんもいろいろ節約しているようで、近くのスーパー(といっても、2~3kmある)まで車を使っていたのを、自転車にしたりしているらしい。

次の海外遠征をどうしようか考えているのだが、料金の他に「燃油サーチャージ」がかかってしまいすごい値段になっている。感覚的には、以前より5割増しくらいだろうか。ということは、同じ費用で行ける回数が3回から2回になってしまうということである。

考えてみるとここ20年くらい、本格的な値上げの嵐というものはなかった。もちろん、携帯とか液晶TVとか当時はほとんどなく新商品として出てきたものは高かったけれど、そういうものにしてもだんだん値下がりしている。

多くの商品は、消費者の手元に届くまでに運送という手続きを必要とするので、昨年後半から急激に進んでいる原油価格の高騰は、特定の商品だけでなくほとんどすべての商品の価格にはね返ることになる。つまり、インフレの大きな原因となる。

インフレや値上げというと昔はトイレットペーパーが買占められたりして、「よくないこと」とされていたのである。しかし長年にわたるデフレで、そういう先入観を持つ人も少なくなった。そしてインフレは、いま大きな問題となっているわが国財政上の問題を、かなりの部分解決するのであった。

財政上の問題となっている大きなものは、ストック面では国債残高が膨大なものとなってしまい利払い負担が大きくなっていることであり、フロー面では年金をはじめとする社会保障給付が収入を大きく上回っていることであろう。いずれもインフレによって返済元本や給付額が目減りしてしまえば、解決の目処がついてくる(その分、国債保有者や年金受給者にしわ寄せが来る)。

大騒ぎのサミットがあっという間に終わってしまったが、「地球温暖化」などという影響も対策も本当にこれでいいのか分からないような議論をするより先に、投機的資金の流入による原油価格の高騰について、もっと具体的な議論がなされるべきだったのではないかと思う。

いつの頃からか(おそらくファンドが政治的に力を持つようになってからだと思う)、政治は市場にあまり口出ししないようになってしまったが、昔はドル相場や原油価格に政治がもっとコミットしていたものである。もしかするとそろそろインフレを起こして、財政危機を乗り切りたいというのが先進国共通の思惑なのかもしれない。

だとすると、逆にそう簡単にインフレにはならないのではないかという気がしてくる。市場経済はえてしてコントロールしようとする方向には動かないものだからである。そうなると、さらなる不景気ということになってしまうのだが。

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2008/07/11

古事記の謎(9) ~常識で考える日本古代史47

3.3 オオサザキ王とイワノヒメの説話が示すもの

前回まで説明したのは、古事記下巻を上巻(イザナギ・イザナミ以降の神々の物語)、中巻(イワレヒコ=神武天皇とその子孫の物語)と並ぶ物語とみた場合に、不自然な点が多いということである。その理由の一つは、その時代の天皇まで続く話になっていないこと、もう一つは、主人公であるオオサザキ王の子孫が絶えてしまう物語であるということである。

現代に置き換えてみると、その不自然さは明らかである。例えば今上天皇の正統性を書きたいとする。その場合、昭和天皇のことは生々しすぎて書けない(例えば太平洋戦争について書かなければならず、中国・韓国を刺激するとか)という事情がもしあったとしても、少なくともほぼ100年前である明治天皇までの記事を収録して、「現代の天皇はこの明治天皇の直系の子孫にあたります」というのが普通に考えられる書き方であろう。

ところが古事記では、ほぼ100年前の推古天皇についてほとんど書かれておらず、実質的な記事はさらに100年前の顕宗天皇(ヲケ王)以前のことになる。これは上の例でいうと、今上天皇の正統性を説明するのに江戸時代半ばの後桃園天皇までで話を終わっているようなもので(第118代後桃園天皇は今上天皇の直系のご先祖にはあたらない)、普通に考えると「なぜ、ここで終わっているのだろう?」ということである。

考えられる理由の一つとして、前章では「オオハツセ王が倭王武だからなのではないか」という仮説を検証したが、説明したようにその可能性は小さい。そもそも、オオハツセ王の説話の中に倭王武であることをうかがわせる記事(中国への朝貢、朝鮮半島への出兵、など)はないのである。

そこで話は元に戻る。上巻はイザナギ・イザナミ、中巻はイワレヒコ(神武天皇)が主人公であるように、下巻もやはり最初に出てくるオオサザキ王が当時の人々にとって大きな存在だったから、下巻の主人公になったのではないかということである。

しかし、古事記に書かれているオオサザキ王の説話は、繰り返しになるが、山に登って国中を見渡したところ、炊事の煙がたっていなかったので租税を3年間減免したという話と、皇后であるイワノヒメが嫉妬深く、お気に入りの女性を近くに置こうとしてことごとく失敗したという話が主なものなのである。あまり、存在感を主張できるものではない。

それでは、その出自に鍵があるのだろうか。

さて、その説明に入る前に一つ注目すべき事項を指摘しておきたい。さきにあげたわが国最古の歌集、万葉集の冒頭の歌の作者はオオハツセ王(雄略天皇)であった。では、万葉集の中で最も作成時期が古い歌は何だろうか。もちろん、「読み人知らず」の歌はいつ作られたか分からないものが多いが、作成時期を明記してある中で最も古いのは、オオサザキ王の時代のものである。

そして、その作者は誰かというと、オオサザキ王本人ではない。それは、オオサザキ王の皇后であるイワノヒメの作った歌なのである。(この項続く)

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