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2007/06/29

実効支配(2) ~常識で考える日本古代史2

前回のあらすじ
古代日本において、大和朝廷による統一政権の成立は遅くとも5~6世紀という早い時期に想定されているが、常識的に考えると、それより遅い時代まで各勢力による実効支配が続いていたのではなかろうか。

実効支配というと思い浮かぶのは、1980年代のカンボジアにおいてクメール・ルージュ(ポル・ポト派)の実効支配が続いていたとか、つい先頃までアフガニスタンにおいてタリバンの実効支配が続いていたとか、非合法の正統でない政権による支配というイメージがある。しかし実効支配している側からすると、逆に自分達が正しいと思っていることは十分にありうるというか、むしろそう思っている場合が多いことは想像できる。

現代だから、国連があったり、民主主義的な先進諸国が認めた政権かどうかという判断基準があるが、古代においてそんなものはない。あえて近いものを探せば、地上で唯一の権威と自らを定義している中国(中華王朝)があるのだが、テレビも新聞もない、基本的に伝言ゲームでしか情報が伝達できない昔に、そんな知識が広く知られていたとは考えにくい。その意味では、実効支配を排除する権威はそもそもなくて、実際に力でその地域を支配している者が正統な支配者という時代が長く続いたはずである。

その意味で、クマや狼、鮎や鮭と同じように、人間も「ここからここまでは俺のなわばり」と主張してそれを力づくで確保していくというのがスタートであったことは確かだし、それが最終的に「国」(つまり日本)としてまとまっていったであろうことは流れとして理解できるのだが、その中間点というか境目として、何をもって「統一された政権」と定義されるのであろうか。そのことを考えるうえで、世界史上最大の領土を獲得したモンゴルのケースを考えてみたい。

モンゴル(モンゴル・ウルス)は、13世紀の初頭、チンギス・ハーンがモンゴル民族を統一し大ハーンとなって以降、積極的な領土拡大を図った。日本では、「源義経=ジンギスカン説」がまことしやかに語られた時代があったが、頼朝の鎌倉幕府がご存じのとおり1192年、チンギス・ハーンのモンゴル統一が1206年とされるから、少なくとも時代としては合っている(義経が何語を話してモンゴルで意思疎通したのかと考えると謎であるが)。

モンゴルが諸外国を征服できた戦力的な理由は、攻撃力が極めて高かったということである。1人の兵士が4~5頭以上の馬をかわるがわる使うという機動力、弓矢や槍、投石機や火器(鉄砲はまだないが、爆弾のような火器はあった)といった武器により、彼らは敵の守備網を易々と突破し、まず武力で占領下においた。

次のステップとして、中核部隊が占領下において財(宝物)や労働力(市民を奴隷や兵士として徴用するなど)の略奪を行う。チンギス・ハーンは最初の段階において機動力や攻撃力が減少するのを防ぐため、攻撃部隊には略奪を許さず、中核部隊がそれを行い、奪った獲物は公平に分配するシステムをとったといわれている。

そして最終ステップとして、徴税人を置いて、それ以降の収穫や労働力を搾取しうるシステムを作りあげる。当時モンゴルの占領下におかれた東ヨーロッパ諸国ではこの時代のことを「タタールのくびき」と呼んだ。タタールというのはモンゴル人のこと(いわば蔑称)で、くびきというのは牛や馬が荷車を引く時、首に結わえ付けられる横棒のことである。モンゴル野郎のために、家畜のように働かされる、というニュアンスの言葉である。

しかし、モンゴル国内ならばまだしも、このような領土拡張が現在の中国、ロシア、インド、中央アジア、イラン、イラクにまたがる極めて広範囲においてなぜ可能だったのだろうか。ここで注目すべきなのは、モンゴルだからこそ可能であった高速運輸通信網と、職住接近による行軍である。(この項続く)

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2007/06/23

ハットン・カスティージョ戦展望

WBCインターナショナルスーパーライト級王座決定戦(6/23、米ラスベガス)
WBC1位 ホセ・ルイス・カスティージョ(メキシコ、55勝47KO7敗1引分け) +150
WBC4位 リッキー・ハットン(英、42戦全勝30KO) -180

このクラスでかつてWBA、IBFを統一したハットンが最強であることはおそらく間違いないが、現在は主要4団体のチャンピオンベルトは持っていない。一方のカスティージョは長らくライト級でがんばってきたが、コラレス戦の連続ウェイトオーバーでついにクラスを上げた。この一戦が行われることが分かっていれば、1日早くLV入りするんだった。注目度の割りに激戦が予想される。

ハットンは2005年にチューとマウサを倒し、その後ウェルター級に上げて2階級制覇を果たしたもののこのクラスに戻ってきた。「ヒットマン」と呼ばれるもののかつてのトーマス・ハーンズのような切れがなく、ひたすら体力で前進していくタイプだから、上のクラスには限界を感じたのかもしれない。そして会場はラスベガス、地元マンチェスターのような応援はない。

カスティージョは2000年にスティービー・ジョンストンに勝ってライト級王者となり、その後フロイド・メイウェザー2連戦(デラホーヤ戦を除き、メイウェザーが最もラウンドを落とした相手)、ホエル・カサマヨル戦、そしてディエゴ・コラレス2連戦(3戦目はキャンセル)と強敵・難敵との戦いを続けてきた。やはり体力で連打するタイプだが、コラレス戦にみられたようにかつてのタフネスが若干の衰えをみせていることは間違いない。

この一戦、どちらも前に出るタイプなので、後ろに下った方が劣勢になる。どちらかというとカスティージョの方がボクシングができるので、ハットン前進・カスティージョ回りこむという展開が予想され、そうなるとハットンのペースとなる。だが、パンチを的確に当てることについてはむしろカスティージョの方が上である。KOのチャンスという点では、むしろカスティージョの方に分があるかもしれない。ただしハットン28歳に対しカスティージョは33歳。いまや40近くまでやれる選手が多くなってきたが、カスティージョは若い頃から体を酷使し続けている。

オッズは若干ではあるがハットンFavorite。人気どおりハットンが体力で押し切って判定勝ちの可能性の方が大きいけれども、いまだ無敗のハットンは連打を食らったことがあまりない。そこを序盤でうまく突くことができれば、もしかするとカスティージョの前半KOがあるかもしれない。ケースとしてはそちらの方が面白い試合になりそうなのだが、そのためにはカスティージョがコラレス戦のような連打ができるかどうかが鍵となりそうだ。

p.s.というわけで、来週はラスベガス遠征のためお休みします。

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2007/06/22

ついに今年初勝利 ~ポーカーの奥深い世界44(続き)

話は先週の土曜日にさかのぼる。WSOP出発まであと1週間、調整できる機会は限られてきている。ストラドル杯メインはバケーションで1時間ちょっと遅れて参加。5000点スタートのチップが、すでに3000点と少ししかない。そしてすでにワイン1本空けてきている「酔っ払いポーカー」である。当然のことながら気が大きくなり周囲の状況がつかめていない。いいや、でオールインするとなぜか勝ってしまいダブルアップする。

そしてめったに来ないAA様がこんなところでご降臨である。いつのまにか、3テーブルが2テーブル、そしてファイナルへと勝ち残ってしまう。んー、なんだかおかしいぞ。いつもなら、アンティが始まるととたんに手が縮こまるのだが、不思議と気にならない。もしかするとあと1周くらいで自然死になるような場面でも、平然と構えていられる。最後はQQでのオールインをフラッシュでまくられてしまったが、これを勝てば上位進出というところまで残ったのは久しぶりである。

帰りの電車でなぜ今日は調子がよかったのだろうと考えた。もちろんワインでおそれる気持ちが麻痺したことが一つ、もうひとつは自分有利のじゃんけんで普通に勝てたからである。これまでは、その最初のところで躓いていた。本来、戦えるハンドを待ってダブルアップないしそれに近い挽回を図るべきところで、自分有利のじゃんけんは勝てず、相手有利は当然のように負けるということを続けてきたのである。なにか、風向きが変わってきたような気がした。

そして翌日の日曜日はkopaさん&なっちのご結婚奉祝記念ポーカーである。こちらは新郎新婦と幹事であり親族代表でもあるkopa兄の人気で大盛況、DUKEに7テーブルを置いてのスタートとなった。最初の1時間、ディーラーをしていたのだが全く手が入らない。次の1時間もほとんど入らなかったのだが、ディーラーをfulhandさんに代わってもらってから急に手が良くなる。とはいえ3000点スタートで手許には1000点ちょっとしか残っていない。オールインを連発するが、スチール、サイドのみとさしたる戦果は上がらない。

そうこうしているうちにテーブルブレイクとなる。相変わらず大したチップを持っているわけではないので、ほどなく強制オールインとなる。しかし、72というバナナハンドにもかかわらず両方ともヒットして2ペアで生き残る。その後も上位ハンドが来ないのでおとなしくしていたら、なぜかファイナルテーブルまで生き残ってしまった。といっても残りチップはBBに届かない。8人残った中でもダントツの最下位である。

なんとか初手は生き延びたが、BBでほとんど強制オールインのところで優勝したせりかっちにつかまった。あちらのハンドはQx、こちらはJTである。フロップでいきなりが2枚出たが、ターンが。オープンエンドのA&9とフラッシュの合計15アウツあったのだが、当然のようにリバーはragで、6位でのゲームセットとなった。約3時間のプレイでハイペアはTTくらい、AKはなくてAQが何回か出たくらいでハンドは全くよくなかったのに、参加者の10分の1だからなかなかの好成績であった。

こうしてみると、ハンドは相変わらず悪いし、じゃんけんでも絶好調という訳ではないのだが、少しずつ調子は上向いているようである。序盤で動こうとしても動けず(だから致命傷も受けず)、しかも最初のじゃんけんでやられていないというのが最大の理由のようである。来週はいよいよ本番。せっかくの遠征なので後先のことは考えず(でも、ファーストハンドAKくらいでは行かない)、現時点でのベストを尽くして楽しんできたいと思っています。

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2007/06/21

実効支配 ~常識で考える日本古代史1

注.ポーカーの続きは明日掲載します。

さて、これまでとは全く異なるジャンルのコラムをこれから始めたいと思うのだけれど、もちろん私は学者でもなければ研究者でもないので、古代史に関する史料全般の精査(古文書とか遺跡の実査とか)が可能なわけではない。だから視点、どちらの方向からみるかというところで勝負しなければならない。幸いこの方面の参考書は昔からかなり親しんできたし、準地元である佐倉市には国立歴史民俗博物館もあるなど考える材料は多いと思われるので、関心のある方にはそれなりに楽しんでいただけるものは書けるのではないかと思っている。

まず、考察する範囲である日本古代史はどこからどこまでかということであるが、通常「古代」という言葉は記録で確実にさかのぼれる以前という意味でとらえられている。だから日本史の場合は日本書紀以前、天皇でいうと天武天皇より前か後か、年号でいうと672年壬申の乱あたりを境にするという考え方をとることが多い。感覚的にも、8世紀には平城京・平安京の建設があってそのあたりから中世という見方はしっくりくるのだが、この連載では、それより若干遅く8世紀半ばまでを範囲にとりたいと考えている。その理由については後で(だいぶ後だが)詳しく説明するが、「倭」から「日本」になったことをもって古代の終了と考えたいからである。

古代の日本というと、学校で習った大まかな流れはこのようになるだろう。
① 古代の日本では、先進文化国である中国(漢)、朝鮮半島諸国の影響を受けて、いくつかの小国がまず成立した。
② その中から、周囲の諸国と連合あるいはこれらを征服することにより勢力を増し、直接中国の王朝に接触する国が現れた。その代表が3世紀の卑弥呼による邪馬台国である。
③ やがて、近畿地方に統一政権である大和朝廷が成立した。仁徳天皇陵など巨大な古墳群に示されるように、その勢力は西日本全域と東日本の一部に及んだ。
④ 朝鮮半島への派兵(白村江の戦い)や統一政権内部の勢力争い(崇仏戦争から壬申の乱まで)を経て、大和朝廷は奈良平城京において確固たる基盤を固めた。

それぞれ事実の大枠はそのとおりだと思うのだが、常識で考えるといろいろ不思議なところがある。その不思議なところを他の国や時代と比較して、常識で考えてみようというのがこのコラムの趣旨である。今のところ4本のサブテーマを考えていて、それぞれ「統一政権の成立」「魏志倭人伝」「隋書倭国伝」「白村江の戦い」である。(注.隋書倭国伝は正しくはタイ国伝だが、字が出ない)

最初のサブテーマは「統一政権の成立」で、これは実は日本古代史のすべてに共通する問題である。そしてそのキーワードは「実効支配」である。現代人は統一政権というものをいまの日本政府に比定して、ああそうなんだなとあっさり前提してしまうきらいがあるが、よく考えれば鉄道もなければ道路もない、舟だって馬だってそんなにいない古代日本で統一政権がどうやって成立しえたのだろうか。

むしろ各部族、各集団がかなり後の時代まで、日本各地に自分の領土を勝手に作って実効支配をしていた、という推論が常識的なのではないだろうか。このことを考えるため、話はいきなり飛んで13世紀に世界史上空前絶後の領土を獲得したモンゴルの事例についてみることとしたい。(この項続く)

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2007/06/20

ついに今年初勝利! ~ポーカーの奥深い世界44

ここまで今年公式戦85連敗うちヘッズアップ負け10連敗とどん底の絶不調を続けてきた私にも、ようやく運が巡ってきたように見えた。6月19日火曜日の上野STEPS、ヘッズアップになってから2度のオールインという土俵際をKKvs22からそのまま、K2vsQQからKヒットときわどく残し、チップ量は私の方がやや優勢となっている。対するⅠさんも、「ここで負けたら、いろいろ書かれちゃうからな~」とプレッシャーがかかっている様子。続けてきた連敗をここで止められるのは、やはり嫌なはずである。

すでに11時を回り、ブラインドも15000-30000。総チップ量が20万点余りだから、かなりきつい。ここでⅠさんオールイン。私はと手を見るとAs8sである。Aがかぶっているおそれはあるが、8ヒットとフラッシュ目があれば25%以上の勝ち目はあるはず。また、仮に9以上のペアを持たれていてもAヒットとフラッシュ目があるので25%。それより勝率が低くなることはない。もしここで優勝できるのであれば、その程度の確率で逆転可能とみた。「コール!」

ⅠさんのハンドはQh7d。60%程度でむしろこちらが有利である。「エース!」と呼び込んだフロップはAこそ出なかったが、が出た。ターンもA、Qとも出なかったが、Ⅰさんにフラッシュ目が残った。そしてリバー、ここまでリード、しかしまくり目はハートorQ。「黒の3ピン!」と呼び込んだ。こういう場合2アウツや3アウツあれば確実に引かれてしまっていたのだが、リバーはスペードの6。8ワンペアで見事逃げ切り、ついに今年の初勝利を達成したのである。

前回の優勝が昨年暮れの12月27日だから、本当に久々、半年振りの勝利である(ミニトーを除く)。そしてSTEPSは昨年の6月20日にも優勝していて、ジャスト1年ぶり4度目。WPJ5(第5回世界選手権日本代表決定戦シリーズ)になってからは、初の大量ポイントゲットとなった。

この半年、一言ではいえないくらい悔しい思いをし、来週に迫ったWSOPも一時は止めようかと思うくらいだった。しかしこうして皆様のあたたかい応援もあってなんとか直前で間に合ったようで、よし一丁やってやるかと改めて気合が入ってきた(せりかっちには、1週間早かったんじゃないかと言われてしまったが)。今日まで暖かく見守っていただいた皆様には、何はともあれ、お礼を申し上げます。「ありがとうございました」

さて、今回の渡米前最終調整は実は先週末から始まっていて、実はそこそこ調子が上がってきたのではないかと自分では密かに思っていたのだが、一度に書いてはもったいないので続きは明日に。(この項続く)

06190001 今年初勝利のボード。快く撮影を許可していただいた関係者の皆様、ありがとうございました。

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2007/06/19

再びディーラーの話

とはいってもポーカーの話ではありませんw ブラックジャックの話というか、本人はサービス業全般の話だというつもりだったりするのですが。

例えば、ブラックジャックで、ディーラーのホールカード1枚というケースを思い浮かべてほしいのですが、プレイヤーが20とか3枚で21、ディーラーのアップカードがピクチャーという場面で、ディーラーが開いた2枚目のカードがAだったとする(つまりディーラーがブラックジャックで総取り)。

この場合、何もなかったかのようにチップを回収し、次の動作でカードを回収し、すぐに次のゲームのディールを始めるのと、Aを開いた瞬間動作をいったん止めて、例えば ”Sorry” とか言ってから次の動作に進むのと、どちらが貴方にとって好みですかというのが質問の1。また、ディーラー基本マニュアル(なんてものがあるとして)では、どちらを推奨しているだろうかというのが質問の2である。

質問の1について、私としては、別にディーラーに謝ってもらう筋合いじゃないし、謝るくらいならA出すなよという感じだけれども、そう言われて悪い気はしないし、席を立とうという気合が一瞬そがれることも確かで、ハウス・客どちらにとっても後者が好ましいと思う。しかし、余計なこと言われてもチップが帰ってくる訳じゃないし、それより少しでも早く次のゲームを進めろよ、という意味で前者を選ぶ人がいても全くおかしくない。

そして質問の2だが、おそらくディーラーがゲームやアクションに対する感想を表現するなんてことは「ディーラー基本マニュアル」では望ましくないこととしているはずである。また、ディーラーの個人的観測でゲームの流れを速めたり遅くしたりなんてことを推奨するはずもないので、マニュアル上の正解は前者だということも想像できる。

さてもう一つのケースとして、アクションの確認ということを思い浮かべていただきたい。アクションの確認とは、「ヒットかスタンドか」「ダブルダウンかスプリットか」ディーラーが(あるいはカメラが)確認できないからするものである。しかし、プレイヤーが明らかに人差し指で羅紗をたたいていても(ヒットのアクション)、ディーラーが「Thirteen?(13だけどいいのか?)」と確認してくる場面がある(逆にソフト17でスタンドにしたような場面)。

これは明らかに、「ディーラー基本マニュアル」には書いてないはずである。逆に下家のプレイヤーから、「ヒットって言ってるんだから配れよ。カードの流れが変わるじゃないか」と抗議されかねないという点で(その抗議は正当である)、最初に上げたケースよりディーラーにとってリスクが大きい。しかし、ゲームに慣れていないプレイヤーや、BSに沿ってプレイしてきたプレイヤーがいきなりそうでないプレーをしてきたような場合に、ディーラーが確認することには意味がある(誰にだって間違いはある)。下家に抗議されたら「すみません、見えなかったもので」ととぼけていればいいのだ。

このように、マニュアルというのは基本として押さえていなければならないものだけれど、人が相手であるサービス業の場合、それだけですべてを律していては水準程度のサービスしか提供できないということである。マニュアルは押さえた上でそれ以上のサービスを提供できるのがプロフェッショナルであると思っている。そしてチップ(Tip)とは本来、役割以上の特別の働きに対して、エクストラ・ボーナスとして支払うものである。

話は飛ぶけれども、それと同じ議論が流通業において自動販売機が出現したときに起こったことがある。それから何十年かが経過し、現実問題としては自販機化とその延長線上にあるマニュアル化に軍配が上がっている。その例に倣えば、やがてカシノのサービスもマニュアル化され、最後には機械に取って代わられるだろう。いずれはプロフェッショナル・ディーラーと相対で勝負できるのはVIPルームだけになるのかもしれない(さらにはみんなオンラインカジノになるのかもしれない)。

幸いそうなるまでにはまだ時間がある。それまでの間、私としてはプロフェッショナルなディーラーと長く時間を過ごせることができればうれしいと思う。どうせ最後には負けるのだから、途中経過だけでも楽しい時間を過ごしたいと思うからである。

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2007/06/18

年金問題とちょびっとカシノ解禁の話

毎日、年金の加入記録漏れの報道でうるさいくらいである。しかし、これで肝心要の問題の議論が後回しになっているということに、気がついていない人の方が多いような気がする。それどころか、そのあたりを気付かせないために官僚と議員とマスコミが一緒になってカモフラージュをやっているのではないかなどと勘繰ったりしてしまう。

年金の構造を分解すると、例えば私が40年間サラリーマンをやって積み立てたおカネを、65歳以降年金として受け取るというものではない。そうであれば年金の加入記録は銀行預金の入金記録と同じだから、記録漏れがあれば大変なことで何やってるんだということになるのだが、実はそうではない。

じゃあどうなんだというと、その年度(例えば平成19年度)に「年金保険料」として集めたおカネを、その年度の受給資格者に「年金」として配ってしまうというものなのである。だから国にとって重要なのは「年金保険料を集めること」であって、「それを正しく記録しておく」ことは二の次なのであった。

年金制度ができた当時、年金受給者(老齢者)は圧倒的に少なく、集めた年金保険料から年金支払額を差し引いてもかなりの金額が残った。だから、最初に年金法ができる時に、国会議員の先生方には「この余ったおカネを土地とか施設(後のグリーンピアですね)で運用することにすれば、地元対策になるんじゃないですか?道路とかも作りやすくなるし」、官僚の上の方には、「年金資金を運用する機関を作ればOBの天下り先が増えますよ。退職金も車も飲み代も使い放題、秘書でも雇えばセクハラのし放題ですぜ・・・」なんて根回しがあったことは間違いない。

もともと「お年寄りが老後の不安なく暮らせる世の中を作りたい」「日本を北欧並みの福祉先進国家にしたい」という崇高な理想があったことは間違いないけれど、法律・制度を作るということはおそらくそういうことで、きれい事ですべて片付くことはほとんどない。介護保険だって同じだ。大体ジュリアナ東京がまともな老人福祉をしないことくらい、最初からみんな分かっていたことじゃないか。

いま、企業の厚生年金基金という機関が続々とつぶれている。ここでは、一般の厚生年金より上乗せの年金を支給できますよという約束になっていたのだが、その約束はみんな反故にされた。でも、もともと支払った年金保険料の半分以上が会社負担だから、大騒ぎになっていないだけである。この厚生年金基金がなぜつぶれたのか。バブルがはじけて運用がうまくいかなくなったからだとみんな思っているのだが、実は違う(正確にはそれもあるのだが、もっと大きい要因がある)。

それは、年金保険料より、支払年金額の方が大きくなっているからである。年金受給者は毎年確実に増えていくのに、リストラやら正社員以外の就労者が増えたために年金保険料は増えないどころか減っている。だからどんどん過去の蓄積分を取り崩して収拾がつかない状態になっているのであった。そしてそれは、実は企業の厚生年金基金だけの問題ではない。

2万円以下の掛け金で6万円以上の割戻しなんて、ちゃんと運用したとしてもかなり無理がある。ところが運用はグリーンピアや塩漬け株で収益があがらない。長期国債の利率は雀の涙。その上誰もまともに年金保険料は払わない、年寄りだけが律儀に年金を受け取りに来る。しばらくは差額を消費税とかで埋めてごまかすんだろうけど、すでに制度として破綻しているということは、目に見えているのだ。6万円じゃなくて6万5千円もらえるはずじゃないかとかそういうレベルじゃなくて、6万円自体が危ないのである。

それでもお国を信じるかどうかは人それぞれ。どうやって身を守るか守らないかも人それぞれだが、ここからカジノ解禁への一つの方法が示唆される。どうやって、国会議員や官僚の上の方に利益誘導するかということである。議員さんには地元対策とか箱モノとかなんだろうけど、官僚にはやっぱ天下り先なのだろうか。そんなことしなくても、まともに議論して外国並みにしてほしいとは思うけれど、なかなかそこらへんは難しいような気がする。

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2007/06/15

夏風邪 ~せいうち日記13

例年ゴールデンウィーク明けにおさまるはずの花粉症が、6月になっても治らないのはおかしいと思っていた。先々週にはものもらいになり、何日か眼帯をして過ごした。そして先週の日曜日、川治温泉の杜撰な露天風呂で湯冷めしたのがよくなかったのか、その後高速代とガソリン代のもとをとろうとして、大雨の中別の露天風呂に行ったのがさらにいけなかったのか、今週に入って夜眠れないほどつらくなってしまった。

さ来週には1週間連続の休暇を申請している手前、これ以上は休めないとがんばって仕事場には出たものの、会議やら来客をこなすだけでも骨が折れる。そして耳鼻科に行って見てもらったところ開口一番「これは鼻かぜですね。のども真っ赤だなあ。お薬出しておきますから、ゆっくり休んでください」。おお、なんと風邪だったのか。どうりでアレルギーの薬をいくら飲んでも利かないはずだ。

社会人になってから、夏風邪をひいたことは記憶にない。もう20年も昔になるが、6月の半ばに39度くらいの高熱が続いたことがあった。その頃勤めていた会社の診療所で風邪だろうと言われて寝ていたのだが、全然熱が引かない。病院へ行って調べたら胆石から胆のう炎だか膵炎だかになりかけていて、速攻で手術となった。だからこれは風邪ではない。考えてみると、夏には夏休みをとらないといけないので、風邪なんかで休みをつぶしたくないという気合が、ウィルスを防いできたと言えなくもない。

ところが今回は、風邪だと聞いて風邪薬(抗生物質と鼻炎薬)を飲みだしたとたん、ますますひどくなってきたのである。火曜・水曜とゴミ箱をティッシュで一杯にしながら仕事場に出たのだが、とうとう木曜日には起きられなくなってしまい、一日会社を休む破目に陥ってしまった。電話を入れて寝なおすと、そのまま3時まで寝続けた。ようやく夕方になって、普通に戻ってきた。

もうあまり無理は利きそうにないと思うとともに、「あなた、腹に多少脂肪がつくのと、風邪引きやすくなるのと、どちらがいいですか?」という一説(筒井康隆「薬菜食堂」)を急に思い出した。そういえば、無理してプールとかジムとか行ってたからなあ。そんなことをくよくよ考えるのも、風邪で気弱になっているせいかもしれない。それでもこの何日間かで体重が2kgも落ちたのは、微妙な気分である。

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2007/06/13

澤井健「表萬家裏萬家」

1989年ビッグコミックスピリッツ連載。これ、実はすごい好きな作品なのだが、作者は引退、作品は絶版でいまとなっては読む手段はない。しかしかぜか「初版第一刷」で前・後編を持っており、なぜかいまだに処分していないのであった。

京都・足利女学園の教師であり日本舞踊家元の次男藤原晴信と、茶道家元表萬家の慈瑠(じる)、裏萬家の寿璃(じゅり)の物語。慈瑠の趣味は即身成仏、寿璃の趣味は「キンカンぬって~またぬって~」と言いながらあそこにキンカンをぬることである。タイトルからして、言うまでもなくお下劣マンガであるが、相当おもしろい。

足利女学園から東京の男子校吉兆学園に転勤(転職)した晴信だが、晴信を追って慈瑠と寿璃が上京、札束を積んで無理やり男女共学にしてしまう。そんな浪費が祟って、表萬家は破産してしまう。家元の鳳瑠(ほうる)、家元の娘で慈瑠の母親、そしてなぜか座敷牢に入っている登瑠(とる)もそれぞれの事情で東京に向かう。ちなみに、苗字は全員「萬」である。

物語のクライマックスは、晴信の実の妹が慈瑠と寿璃のどちらかというところなのだが、表萬家の萬鳳瑠家元や奈良のご神鹿、気持ち悪い上杉先生、吉兆学園の番長館山航(表萬家に婿養子に行ったら変な名前になると悩む)、岸田劉生の「麗子」にそっくりな岸田隆盛など、濃ゆいキャラクターも目白押しである。

この作品の後、ほどなく引退(イラストレーターになったらしい)したのは残念なことであった。

p.s.昨日までで、累計アクセス数が18万件になりました。ご愛読感謝いたします。

Omote_1 もはや絶版になっているので、雰囲気を味わうためご覧ください。(問題があれば削除します)

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2007/06/12

ディーラーについて ~ポーカーの奥深い世界番外編

カジノ仲間であり、このところ海外ポーカートーナメントでも好成績を続けているある方が、国内のポーカー大会であまりよろしくないディーラーに当たってしまったようだ。私はその場にいなかったのでそのことについてコメントはできないが、一応そのこととは関係なく最近のディーラーについて思っていることを述べてみたい。

基本的に、プレイヤーの誰かがディーリングする(便宜的にプレイング・ディーラーと呼ぶ)のと専業のディーラーがディーリングする(こちらも便宜的にハウス・ディーラーと呼ぶ)のは全く違うと思っている。プレイング・ディーラーはあくまでプレイヤーの延長線上にあるのに対し、ハウス・ディーラーはプロフェッショナルであるべきである。プロフェッショナルとは何か。単にシャッフルがうまい下手ということでは私はないと思う。いつの日か、世界で通用する、できるようになりたいという心構えの問題ではないだろうか。

ハウス・ディーラーの基本的な存在意義とは、「お客様に楽しんでプレーしていただくこと」であると思っている。このことはポーカートーナメントでは分かりにくくなっているのだが、お客様に楽しんでプレーしていただくことは1ドルでも多くのチップを張らせることにつながり、これはハウスの収益となり自分の収入となる。だから素早くシャッフル&ディールするし(回転数を上げれば売上げが上がる)、負けた客がすぐ席を立たないようにホスピタリティあふれる態度で接客する。ゲームを分かりやすく教えるのも言葉は悪いがカモを増やすためである。

かつてのマカオでディーラーの態度が横柄だったのは需要より供給が極端に少なかったためであり、その証拠にサンズ以降、既存カシノも含めて接客態度は格段にアップした。そのようにハウス・ディーラーにとって接客態度は基本中の基本であると思っているのだが、そうでないと思っている(ような)ハウス・ディーラーもいないわけではない(ように見える)のは残念なことである。[注.このことは現実にそのディーラーが時給いくらということとは直接関係ない。仮にボランティアであったとしても同じことである]

例えばAJPCでもディーラーをしていたKさんのように、みんなに気持ちよく接しているディーラーは見ていてもすがすがしい。ところが、知人としゃべってばかりいるディーラーや好き嫌いがあるのか人によって態度を変えるディーラーもいる。こういうハウス・ディーラーに当たると、勝負どころでオープンしてほしくないなあと正直思う。ポーカーだからそれでいいが、バカラやBJなら席を立たれてしまうだろう。こういうことはカシノの収益源、ひいては自分の収入源につながる。そこまで考えるのがプロフェッショナルではないだろうか。

もう一つ、ポーカーのトーナメントについていうと、ディーラーはゲームの進行役であって審判ではないと思っている。野球やサッカーは審判の判断が絶対でそれを前提にゲームが進められるが、カシノゲームはポーカーに限らずディーラーのミスを当然いつかは起こるものと前提している。海外カシノの経験者でディーラーのミスを見たことがないという人はむしろ少数派だし、後からそれが覆されることだってしばしばである。だからディーラーは、自分のしていることについてプレイヤーの確認を求めることが必要だと思う。

サイドポットを手早く計算して次のアクションに移るよりも、誰にでも分かるようにゆっくりと説明しながらチップを取り分けたり、オールインでライブプレーヤーがいなくなったらちゃんとオープンさせたり、両者オープンでボードが開いたら何の役でどちらが勝ちということを全員に確認させる。イレギュラーなことがあればどういう理由でどう処理するかということをみんなにきちんと説明する。そうすることによってディーラー自身もミスが防げるし、プレイヤーもゲームをより深く理解できるようになる。

アクションを促す場合もケースバイケースで、すべて何秒以内なんて一律に考えない方がいい。序盤のどうでもいいところと、オールインが入ってコールすべきかどうかでは、長考の質が違う。特にファイナルテーブルでテーブルごとの有利不利がなく、前に3人オールインが入っていてここで勝負の大勢が決まり、他のプレイヤーが何にも言っていないなどというケースでは、あえてディーラーが口をはさむ必要はないと私だったら思うところである。

前はポーカーのできる場所が限られていてディーラーもプレイング・ディーラーが多かったのだが、最近はハウス・ディーラーのところが多くなった。それとともに、以前は顔見知りばかりだったこの世界も、いろいろな人が参加する大きなコミュニティになりつつある。勝てばうれしいし負ければ悔しいのだけれど、それ以外の要因で楽しくないという場面はできるだけ避けたいと思っているところである。

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2007/06/11

川治温泉(薬師の湯)

思い立って温泉に行こうという場合、東北道沿いに行くことが多い。特に日光宇都宮道路から鬼怒川近辺を回るコースは何度となく行くのだが、その場合なぜか素通りしてしまっていたのが川治温泉である。かつては「鬼怒川・川治」と並び称された温泉観光の名所であり、一度は行ってみるものだろうと今回入ってみた。

いつも素通りしてしまうのが、この温泉は狭い道路沿いに展開していて駐車場がほとんどなく、車だと行きづらいということがあった。現にwebで調べてなかなかいいと評判だった某旅館(立ち寄りで入らせてくれる)はたった5、6台が止まっているだけで駐車場が一杯で入れない。駐車場の大きい某旅館に行くと日帰りは午後1時からというのでここも断念(まだ10時過ぎだった)。結局、露天風呂で知られている薬師の湯へ行くことにしたのであるが、じつは事前に調べただけでもやや不安が残り、できれば避けたいと思っていたのであった。

国道からわき道に入り、すれ違いが困難な道を川沿いへと下っていく。幸いすれ違う車もなく、広い駐車場があったのでここはひと安心。入浴券売り場へ行くと発売機があるのだが、もぎりのおばさんが早口で話しかけてきて落ち着かない。露天風呂だけなら300円、休憩所を使うなら500円で、危うく300円の露天風呂だけを買わされそうになる。500円のを買うと休憩所のワッペンを取りに10mほど先の事務所に戻らなければならなかったので、それが嫌だったらしい。

男の露天風呂は川沿いにしばらく行った先にあり、雨が吹き込んできそうな脱衣所と、透明なポリで簡単に囲った露天風呂があった。洗い場はなく湯船だけ。そして向こう岸や橋を歩いている散歩の人からまる見えである。風呂の底はとがった岩や砂利がしいてあって油断していると怪我をする(した)。温泉はかけ流しと書いてあるが、源泉は35度前後ということで奥の方の機械が温めているらしく、そこから熱いお湯が出てくる。湯船は20人くらいは楽に入れるくらい広いが、そんな具合だから適温になっているのはお湯を温めているそのあたりだけである。

単純泉で特ににおいやすべすべ感は感じられない。何より散歩をしている人に見られている中で入るのは落ち着かないことこの上ない。10分ほど入っただけで出たが、肌寒い天気もあって湯冷めした。休憩所の切符を買わなければ大変なことになるところだった。ちなみに女性専用は休憩所から直接入れて、囲いや天井もちゃんとあって、シャワーや簡単な洗い場もあったそうだから、これで同じ値段というのは納得できない。というより、カネ取るなよこんな温泉!

また、さらに川沿いにほんとの囲いも何もない源泉だけの露天風呂もあって、底もきれいで入りやすそうなのだがさらに丸見えである。35度でもがまんできるが、何十分も衆人環視の下で漬かっている勇気のある人はいないらしく無人だった。しかしそれより嫌だったのは、「犬猫洗うな」という注意書きである。控えめに言って、一度来たら十分である。

06100001 誰も見ていなくて犬猫を洗う人がいなければ、入りたくなる完全露天風呂

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2007/06/08

初夏特別連載 ~マダムYの素敵な休日(完結編)

2つ980円のパック寿司を前にしたマダムYであるが、案の定1つ目を半分食べただけでお腹がいっぱいになってしまった。確かに単価でいうと490円対580円では480円の勝ちだが、払った金額は980円対580円なのである。それにお昼を食べてから後はDVDをみてお昼寝しただけだから、一人でそんなに食べられる訳がないのであった。

あきらめて、残りの1個半は冷蔵庫に入れる。亭主が帰ってきたら食べさせるつもりである。何も残ってない時には「夜食べると太るから食べないの!」と言って何も食べさせないマダムYであるが、何か残り物があるときには「○○買ってきてあげたから食べな」と恩を着せる。そういう時は夜中だろうがダイエット中であろうが関係ない。

しかしこの日は、8時前に堅ちゃんの呼び出し音が鳴った。「もう負けた。いま電車。830お迎えよろ」、相当早くトランプは終わってしまったようだ。誰もいない休日は気楽でいいが、からかう相手がいないのもつまらない。だから亭主が早く帰ってくるのはうれしいのだが、それを言うとつけあがるので言わない。

時間に駅まで迎えに行く。電車は20分おきにしか来ないので、同じように下りてくる人たちが何人かいて、それを迎えに来た車でロータリーは結構一杯である。その最後から、心なしか肩を落としてがっかりしているような歩き方で亭主が出てきた。もっとも、張り切っている時でも亭主は最後に出てくる。電車に乗るときは、一番前か一番後ろに乗るからである。

「どうも~」助手席のドアを開けて亭主が乗ってきた。車を発進させる。ニュータウンの道路はまるで教習所のように広くてまっすぐで、おまけに交通量が少ない。40を過ぎてから免許を取ったマダムYだが、どこへ行くにも車という毎日のおかげで今では目をつぶっても運転できると思っている。もっともニュータウン限定で、道幅の狭いところには行かないのだが。

「おなかすいた」
「えっ、ご飯食べてこなかったの?」とマダムYはわざとらしく驚いてみせる。友達づきあいの苦手な亭主が、滅多なことで外で食べてくるはずがないのである。
「なんかないの?」
「お寿司買っといてあげたから、食べな」
「それはありがたい」
もし亭主が食べてきたからいらないと言ったら、お寿司はどうなったのだろうか。そのまま亭主の翌日の朝食になるだけである。酢飯が固まっているかもしれないが。
「また負けちった~」と言いながらひとの胸をさわろうとするので、とっさにカウンターを入れる。
ぐーで殴るなよな」
お気楽夫婦を乗せて、車は二車線道路を走っていくのであった。(完)

p.s.この物語はフィクションです・・って言ってるでしょ!

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2007/06/07

WBA世界ウェルター級タイトルマッチ展望

WBA世界ウェルター級タイトルマッチ(6/9、米ニューヨーク)
チャンピオン ミゲール・コット(プエルトリコ、29戦全勝24KO) -275
挑戦者 ザブ・ジュダー(米、34勝24KO4敗2NC) +215

日本ランキングのあるミニマム級からミドル級の中で、世界チャンピオンの出ていないのはこのウェルター級だけである。欧米スポーツマン達の平均的なウェイトであるこのクラスは当然選手層も厚く、80年代のレナード、ハーンズ、90年代のデラホーヤ、トリニダードをはじめ、すぐれた王者を輩出している階級である。

メイウェザーがスーパーウェルターに行ってしまった現在、このクラスで最強と目されているのがミゲール・コットである。ポスト・トリニダードと呼ばれ2000年シドニーオリンピック(予選敗退)後プロ入り。2年後の2002年に元世界王者セサール・バサン(日本に来て坂本博之に勝っている)をKOして世界上位に進出、さらに2年後の2004年にWBOスーパーライト級のチャンピオンとなった。以後も負けなし、ほとんど苦戦したことすらない。

先日イーグル京和に元インターハイ王者八重樫東が挑戦し、ほとんど見せ場もなく完敗したが、「辰吉を超える7戦目での世界最速チャンピオン」など何の意味もない。まず大事なのは世界チャンピオンにふさわしい実力とその裏づけとなる実績を積むことで、勝ちより負けの方が多い相手とばかりやって何勝しても経験にすらならない。八重樫にしても亀田弟にしても、コットをぜひ見習ってほしいものである。

さて、そのコット、もともとディフェンスがいい選手だったのだが、最近は強打者にイメージチェンジしてしまった。しかし実は打たれ弱い面があり、ノーガードの打ち合いになって必ずしもいいタイプではない。そこらあたりを歴戦のスピードスター、ジュダーが突くことができるかどうかが見所だろう。

シドニーオリンピックの行われた2000年にはすでに世界チャンピオンだったジュダー、2001年のコンスタンチン・チューとの統一戦の敗退(初めての負け)で大きく株を下げた。その後再浮上してコーリー・スピンクスをKOしてこの階級の統一王者になったが、好不調の波が大きく後半息切れするという欠点は相変わらずである。

オッズどおり(コット1.4倍)コットの優勢は動かないが、前半戦はジュダーの動きが上回りそうだ。そこで決定打を決めることができればジュダーKO勝ちもあるが、普通はコットの判定勝ちだろう。もし完調のジュダーをKOできたとしたら、コットはメイウェザーよりこの階級では強いことになる。なお、この試合は月曜日のWOWOWでタイムリー・オン・エア中継される。

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2007/06/05

全日本ポーカー選手権 ~ポーカーの奥深い世界43(続き)

さて、私が出場するシニアは招待選手3人を含む2テーブル14人でのスタート。このくらいの人数なら、なんとかならないかとわずかな望みをもって参加したが、まあいつものようにハンドは来ない。「ポーカーは手じゃない」と多くの上級者に言われるのだけれど、それは程度問題だと思っている。

例えばこの日ファイナルまでの約2時間、上位10%の手が来たのは一度だけ、それも99である。相当ゆっくりした展開とはいえ70手くらいは配られたはずだから、期待値的に上位10%の手は平均7手来る。これが1手以下しか来ない確率は、なんと0.7%である。140人中1位の運の悪さで動いたところで、結果が良くなる可能性は多くはないと思っている。

それでもなんとか3000点のスタートチップを持っていられたのは、たぶん下りまくったからだろう。参加したハンドはその99がフルハウスになったのと、QTs(これくらいしかいける手がない)がフラッシュになったのと、あとはBBでたまたま当たったのとスチールが1回くらい。ドローも引きに行かずSBも下りて、ひたすら波が来るのを待つ。

ファイナルテーブルになってブラインドが300-600、右隣のご婦人がオールインとなったときにハンドがAQ。本日2度目の上位10%である。このヘッズアップでが2枚出てなんとか息が出来る状態になった。しばらくして次の上位10%はUTGでAJ、これは下り。それでもなんとかがんばってチップが6000点位になったときに事件は起きた。

UTGからはたらくさんオールイン。チップ量は4000点位。コールしてもいっぺんには飛ばない。ハンドを見ると、AA様降臨である。これ以上望みようがないシチュエーション、参加者を増やしたくないのでこちらもオールイン。計画通りヘッズアップになって、はたらくさんが開いたカードはAK。AAが最も望む相手、勝率は約9割である。

しかし、運のないときは何をやってもうまくいかない。フロップでTJと出てQのまくり目発生。ターンはかわしたものの、リバーで当然のようにが出る。ストレート完成で逆転負け。この瞬間、私のAJPCシニアはほぼ終わってしまった。あとはブラインド的に飛び込んでなんとかするしかなく、最後は55で優勝したakiさんのAJからヒットにつかまってしまったのは仕方がないことであった。

結局14人参加の7位。かなり徹底してリスクを避けたつもりなのだが、入賞戦線に残ることさえできなかった。まさかあの場面でAAを下りる訳にも行かないし、どうしたら良かったのか正直言ってよく分からない。何回かのミスプレーはあったのだけれど、あのハンドの弱さで平均チップ量を維持して勝負どころを待つことができたのだから、プレーとしてはよくやったと言えると思う。

それでも、これで公式戦の連敗記録は79。この中には、徹底して暴れまくったこともあるし、自然死状態まで粘りまくったこともあるが、半年間何をやっても良くない。4~6月に目標としてきたすべてのゲームが不本意な成績に終わり、月末に予定しているLVも止めた方がいいのではないかと思い始めていたりして。

p.s.景気の悪い話ですみません。かなり落ち込んでまして、明日のブログはお休みします。(話は違いますが、WSOP緒戦でmotoさんもAAでやられたらしい)

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2007/06/04

全日本ポーカー選手権 ~ポーカーの奥深い世界43

全日本ポーカー選手権(AJPC)の本大会である6月2日、あえなく予選落ちした私は上野のストラドル杯に登場していた。実行委員会や協賛企業の推薦選手を向こうに回して、我中難民ポーカーチームとこのブログにもよくコメントをいただく全裸の会会長さんが健闘しているという情報が入ってくる。GONティーと岡山のローディーはあと一歩のところでゲームオーバーとなり、翌3日のファイナルに残った6人の中に、会長、Lupinさん、まるさん、そしてkopa兄ちゃん、DUKEとかで会うわたるさんが残ったという速報に、上野でも一喜一憂の声が上がる。なにしろ、セガからの転戦組が10人以上いたのである。

kopa兄がベガスカップ同様に勝負服と必勝ハチマキ、チャンピオンベルトで参戦したとか、全裸の会会長はインタビューで「全裸さん」と呼ばれるんだろうかとか、関連ネタで盛り上がる中、ただいま77連敗中の私はなんとか浮上のきっかけをつかめないか必死の戦いを続けていた。44vs77vsJJという絶体絶命の三者オールインのフロップでが落ちるという、本当に久々に勝負どころのUnderdogで勝ち残って、かなり運気は良くなって来ているようだが、ファイナル直前にせりかっちのAKに討ち取られてしまった。ただ、家に帰ってもまだ決着はついていなかったから、本番の体調のことを考えれば、いい追い切りだったと思うことにした。

さて、いよいよAJPC最終日。レディースは10時スタートだが、シニアは午後1時、メインのファイナルは午後2時からである。とにかくメインが始まるまで1時間は持ちこたえなければならない。幸いにというか、全く手は入らない。下りまくりながらメインの実況に聞き入る。開始直後からオールイン合戦になっている。これはしょうがない。チッブリのバックギャモンの金子さん(麻雀の金子さんでも、バカラの金子さんでもない)がチップの2/3位を独占していて、それ以外の人はすべてオールインシチュエーションといっていいからである。

メインが始まるが、なんとか原点を維持しつつファイナルに残る。こちらの休憩時間までにわたるさん、Lupinさん、まるさんが飛んで残りは3人。バックギャモンの金子さんが大分削られ、kopa兄ちゃんが見ている間に40000点を100000点近くまで挽回している。しかし、それから二転三転して兄ちゃんは3位でゲームセットとなり、私が見学に回った時にはすでに全裸の会会長と金子さんのヘッズアップ。2手ほど小競り合いがあって、チップ量はほぼ互角で双方約35万点、しかし千点単位で会長リード。ブラインド18000-36000、アンティ4000のボタン(=SB)から、会長メイク15万点のレイズ。それに対し金子さん、1万数千点だけ残してリレイズ(メイク約34万点)。ここで会長長考。

見えなかったのだが金子さんが何かのパフォーマンスをしたのに対し、会長、懐からパスポートを取り出しLVはもらったとばかりに気合を入れてコール。お互いにほとんどのチップを入れているのでここで勝負が決まるのだが、どちらもオールインしていないのでカードオープンにはならない。フロップ459。ここで金子さんオールイン、会長もちろんコール。金子さんが開いたのはなんとKK。ここへきていいハンドが入るものである。対する会長はA3。Aヒットと2のストレートドローのまくり目がある。7アウトあるが、会長かなり分が悪い。

ターンで会場から「2」の呼び込みが入る中、出たのは。なにしろ会場内はポーカーファンばかりである。テーブルの近くはみんな立ち上がり、後方は椅子の上に立ってチーフディーラーXこと山ちゃんのディールを待つが「エース!」「1か2!」「モーピンヌキ!!」と一斉の呼び込みである。いくらチップが残るとはいっても、70万点対数千点ではさすがに勝負にならない。なんとかまくってほしい。そしてディーラーXの起こしたカードは、なんとモーピンヌキヌキのエース!AペアvsKペアで、会長の逆転優勝決定である。Aが開かれた瞬間の会場の大歓声、盛り上がりはまさにすごかった。そして会長は、大阪予選からの10倍×70倍の勝ち上がり、1日ベースで2万点対40数万点からの逆転、そしてリバーで大逆転のエースである。

このブログの愛読者でもある全裸の会会長の勝利は、自分のことのようにうれしいです。会長、「初代日本一」おめでとうございます。なんとかスケジュールをやりくりして、LVもやっつけちゃってください。本当に本当におめでとうございました。(この項続く)

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2007/06/01

初夏特別連載 ~マダムYの素敵な休日(まだまだ続き)

注.この物語はすべてふぃくしょんということになっております。

「・・・!!?」
何か大きな音でマダムYの目は覚めた。どうやら、自分のいびきだったようだ。あたりは薄暗い。一瞬、寝過ごしたと思ったが、よく考えたら今日は土曜日である。むっくりとソファから起き上がって部屋の灯りを点ける。まだ5時を過ぎたばかりだった。

2階のベランダに上がって、洗濯物を取り込む。夕方まで干しっぱなしだった割には、結構あたたかい。なんとなくうれしい。畳んで整理ダンスに片付けるが、3つ残ったハンカチを見てマダムYの気分はちょっと重くなる。アイロンをかけなければならない。マダムYはアイロンかけが大嫌いなのである。

嫌いなことは後回しにして、誰かが片付けてくれるのを待つのがマダムYの流儀である。平日は亭主や娘を迎えに行ったり夕飯の仕度があったりするので、手が回らない振りをしてアイロンかけをしない。その結果しわくちゃのハンカチが積まれていく。娘が高校生の時には「お手伝いをしなさい」と言ってやらせていたが、勤めに出るようになってそれも難しくなった。だから休日にはアイロンかけをしていないハンカチが10枚以上溜まってしまうのであった。

休日にでもやってしまわないと、他にやる時はない。というか、来週早々亭主が持っていくハンカチがない。アイロンがかかっていないハンカチを持たせたりすると、亭主は間違いなく不機嫌になる。仕方なくアイロンのコンセントを入れ、温まるまでの間にシャッターを閉めて回る。戻ってアイロンかけを始めると5分もかからずに終わってしまう。これで来週までアイロンかけをしないですむと思うとうれしくなった。そんなに簡単に終わるんだから、面倒くさがらずにさっさとやればいいのに。

亭主はトランプ、娘はマンガ喫茶に行ったまま帰ってこない。今晩の夕食はマダムYひとりである。めんどくさいのでもう台所には立ちたくない。何か買ってきてそれで済ますことにした。それが一番早いし、片付けもいらないので楽ちんである。そうと決めたら暗くならないうちに行ってしまおう。戸締りをして車へ。近くにスーパーは何軒かあるが、こういう場合はカスミストアーである。

なぜかというと、カスミストアーのパック寿司は値段の割においしいからである。他のスーパーは780円もするけれど大したものが入っていないのに、カスミストアーは580円、時にはもっと安い値段でおいしいお寿司が買えるからである。ついでに、帰りに産直センターに寄って、大好きなクレソンを買ってしまおう。そう決めたマダムYはエンジンをかける。

カスミストアーに行くと、例によってパックのお寿司が580円で売っていた。が、その横に「2つ980円。組合せ自由」とあるのを見て、マダムYの気持ちはぐらぐらと揺れる。1つ580円より、2つ980円の方がお得である。そんなことはいくら計算が苦手でも分かる。当然2パックをかごに入れてレジに向かう。ところでその晩、家で夕飯を食べるのは自分しかいないということに気がついているのだろうか?いや、そんな細かいことは気にしない。なんといってもマダムYは、不眠症になったこととダイエットをしたことはないのであった。(この項さらに続く)

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