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2007/07/31

ミラージュポーカールーム(ラスベガス修行記5前編) ~ポーカーの奥深い世界46

さて、6月24日からスタートしたラスベガス修行であるが、ベネチアン、WSOP本番、シーザース、ラクソー、MGMグランドとここまで5戦いずれも入賞圏からは遠いところで終了していた。27日夕刻は再びakiさんとご一緒し午後7時のミラージュ、さらに午後11時のシーザースと連戦する予定。しかしここまで、全く「流れ」が自分の方に来ていないのを感じていた。

もちろん腕(スキル)で流れを自分の方に持ってこれれば言う事はないのだが、流れが悪い時には何をやってもうまくいかないのはこれまでの経験から身にしみて分かっている。スチールしようとした時に限ってプレミアムハンドを持ってる奴がいたり、自分有利の75%は必ず相手に引かれ、自分不利の75%は絶対に引けない。だからここまでの戦いでも、ダブルアップできたのはWSOPだけであった。

そして、流れの来ない時にどんなに粘っても、まず局面を打開することはできない。これは私に限ったことなのかもしれないが、最後の最後、自然死まで粘ったところでダメなものはダメなのである。特にアンティが入ると加速度的にジリ貧になる。だから、精神衛生上粘るのはあまりよろしくない。私にとって避けるべきなのは、負けることよりも滅入ってしまうことなのである。

そんなこんなで、ミラージュに着いた時に思っていたことは、最後の晩だし、次もあることだし、ちょっと暴れてみようかな、ということであった。あまり早く終わってしまうのはうれしくないが、幸いこの頃はスロットが好調で、2時間くらいならつぶせるような気がしていたのである。

ミラージュはシーザースパレスからショッピングモールを挟んで北側、その北にはTI(トレジャーアイランド)があって確かこの二つは路面電車みたいなので結ばれている。ストリップを挟んで向かい側はベネチアンやハラースあたりになる。あまり明るくないカシノ内を進んでいくと、やはりスポーツブックと隣り合わせにポーカールームがある。シーザースやMGMのように大画面が床から立ち上がっているという訳ではないが。

テーブル数は、渡された座席表をみてみるとちょうど30テーブルある。テーブル間隔はあまり広くはない。デイリートーナメントは曜日によって参加費が違うようだが、この日は$230。スタートチップは3000点で、リバイはない。最もオーソドックスなトーナメントである。そして、ここのポーカールームはsmoke-freeなのである(注.私の不勉強で、smoke-freeはno-smokingという意味だそうです。コメント欄ご参照)。しかし、喫煙者が見当たらなかったのは、いまや公共の場はno-smokingというのがマナーになっているからかもしれない(私はもともとnon-smokingなのはご承知のとおり)。

そして、ここのトーナメントはちゃんとテレビ画面で残り時間や残り人数、入賞賞金などが表示されるのである。もしかしたら他のカシノでもやっていて、ちゃんと表示されるまで残れなかっただけなのかもしれないが、第1回の休憩前から始まっていたから、少なくともここの表示開始が他のポーカールームより早いということだけは間違いない。

ブラインドは25-50から、1ラウンド30分。3ラウンド、つまり1時間半ごとに1回の休憩がある。午後7時、試合開始である。

試合開始からしばらくして、トーナメント参加者が92人であることが表示された。そして入賞は9位からである。ここまでの調子からすると、かなり厳しい数字である。そしてスタートチップが3000点くらいでアンティが早くに始まるようなストラクチャーだと、そんなにゆっくりしてはいられないことも今回の遠征でよく分かった。序盤からチャンスがあれば行かないと、次のチャンスは来ないのである。

これは参加者に共通の認識のようで、1ラウンドの25-50から、レイズ・リレイズで結構オールインまで行っている。まさか自分がそうなろうとは思わなかったが。最初に来た上位10%ハンドはAK。ミドルポジションでレイズは確かメイク250点。後ろからコールされてヘッズアップ。フロップAJx

500点ベットに対し、相手はレイズメイク1000点。AJかフロップセットを主張しているのだろうが、ちょっと疑問に思ったのは相手はここまでチップを増やしていて5000点以上持っていたことである。ブラフかもしれない。(この項続く)

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2007/07/30

亀田「夏祭り」と今後のフライ級戦線展望

土曜日の亀田兄弟戦の時間は上野だったので、後からVTRで見た。結果は両者とも大差の判定勝ちで、またもやジョー小泉(マッチメーカー)はいい仕事してますねぇといった感じだったが、ある程度ボクシングを見慣れた方なら兄弟の力の差は歴然としていたのに気がつかれたことと思う。

そもそも、相手の実力が違っていた。大毅の相手は世界17位とかいう触れ込みだが、世界ランクの16位以下はほとんどいい加減というのは常識だし、そもそも今年はじめに日本に来て日本ランカーの清水にフルマークの判定負けをしている(その後清水はポンサクレックに挑戦してKO負け)。その相手に、相変わらずワンパターンのガードを固めて頭から突っ込む一点張り。それを左右に回り込まれて時折ガードを割られてクリーンヒットされていた。

一方興毅の相手は、前の試合で元WBO世界チャンピオンのイシドロ・ガルシアと接戦(判定負け)したセサール・ロペス。この選手が大毅とやっていたら、おそらく勝ったのではないかと思われるテクニシャンで、結構強かった。その相手にほとんど仕事をさせなかっただけでなく、後半はボディーアッパーを再三決めて逃げ回らせた。さすが世界上位ランカーといえるだけの試合であった。

この兄弟を比べると、パンチの多彩さ、ディフェンス、スタミナ、いずれをとっても興毅が相当上である。そもそも見た目からして違う。しかし弟には最年少世界チャンピオンという「蜃気楼」が懸かっているので、親父は大毅の方に世界挑戦させたいようである。もっとも、興毅の試合はカネをとれるが、大毅の試合はタイトルでも賭かっていないと誰も見にこない(この日の有明も空席が目立った)ので、これは正解かもしれない。

そして、以前にコメントのところで書いたように、やはり同門対決にはJBC(日本ボクシングコミッション)が物言いという報道である。土曜日の試合前は商売に差し支えるので言わなかったのだろうが、もともとボクシングのジム制度は相撲部屋をモデルに作られたので、同ジム対決を想定していない。だが日本ではWBAとWBCしか認めていない以上、世界挑戦の機会は限られており、IBFやWBOを認めるか同ジムかといわれれば例外的に同ジム対決を認めた方が影響は小さい。

しかし、現実にWBC王者が日本の他のジムにいて、それとはやりたくないから同ジムというのでは理屈に合わない。だから、兄弟同時世界戦となればどちらかは坂田にならざるを得ないとしても、少なくとも一方は内藤と当てなければJBCとしては認めにくい(他のジムの抵抗を招く。ジムは協栄だけではない)のである。うれしいことに、1階級上のチャンピオンも、WBAがムニョス、WBCがミハレスと日本に呼ぶのは簡単だがえらく強い。亀田陣営としては内藤とやるか、来年まで待つかどちらかしかないのである。

最年少世界王者=大毅の賞味期限切れまであと3ヵ月。私の◎は兄弟同時挑戦の坂田vs大毅・内藤vs興毅、○は内藤vs大毅のみ、△は延々と世界前哨戦商売を続けるだが、TBSもそろそろ飽きてきているし会場も空席が目立つようだし、亀田陣営としてもゆっくりしているのは難しいかもしれない。

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MGMグランドポーカールーム(ラスベガス修行記4) ~ポーカーの奥深い世界46(さらに続き)

巨大ホテルMGMグランドは方角を間違えると結構長い距離を歩かなければならない。このホテルのポーカールームはストリップ沿いにあるので、歩いていく分には間違えることはほとんどないが、タクシーでアリーナの方に行ってしまうと大変かもしれない。

私の場合はエクスカリバー泊だったので、新フォーコーナーをNYNYにまず渡り、さらにMGMグランドに渡り、冷房のきいた館内に入ってカシノを目指して進むとすぐに見えた。隣はスポーツブックの大画面なので、すごく分かりやすい。

テーブル数は30くらい。トーナメントとライブと受付が2ヶ所あり、トーナメントは手前側(ストリップからみて)。ウィークデイは午前11時と午後6時にデイリートーナメントがあり、受付はそれぞれ1時間半前から。私が参加したのは水曜日の午前の部。受付してからスポーツブックの隣にあるカフェで、スープとサンドイッチの朝食をとりながら待つ。早くも東海岸の競馬中継が始まっていた。

トーナメントフィーは$65で2000点のトーナメントチップ。ブラインドは30分で3ラウンドからアンティ。4ラウンドまで飛んだ人は”alternate”できると書いてある。どうやらこれは日本でいうところの「ゾンビ」のことらしいのだが、やらなかったので違うかもしれない。誰かが飛んで席が開くと、”Aiternate #5,please.”とかスタッフが言うと、その人たちが入ってくるのである。

始まった時すでに5テーブルある。同じトーナメントフィーなのに、前日参加したラクソーよりずいぶん本格的である。そしてここのポーカールームは他と比べてスペースにゆとりがある。テーブル間隔は今回行った中で一番広かった。建物自体も大きいので、すごく開放感があって私のような肥満体の人間にはありがたいポーカールームである。

さて、ゲームの方は1ラウンドが25-50、2ラウンドが50-100とここまでは前哨戦。しかし先ほど述べた”alternate”があるせいか、結構荒っぽく、誰かがいなくなり、誰かが入ってくるという展開が続く。そんな具合だからおとなしくしていたら私だけが原点近くで、あとはみんな倍以上に増やしているという状況になってしまった。

4ラウンドまで2時間は休憩がないので、カットオフが終わったあたりで勝手にトイレ休憩にする。もう3ラウンドに入っていて、アンティ25の100-200である。この朝も全くといっていいほど手は来ないが、スチールくらいやっておかないと、すぐにオールインシチュエーションになってしまう。そろそろ仕掛けようと決心して戻ってみると、88が入っている。

700点レイズする。レイズした時点ですでに持ちチップは1000点を切っていて、引き返すのは困難な状況。ほとんど参加してない私のレイズだぞ、みんな下りてくれと思ったのだが、ポジションが悪かった。ボタンあたりのショートスタックがオールイン。たいした上乗せでもなかったので仕方なくコールすると、相手はAK。そしてフロップであっさりが落ちて今度はこちらがショートスタックである。

結局、4ラウンドのアンティ50、200-400のBBで強制オールインに近い状況となった。それでもこちらはKJ、ヘッズアップのSBは87だったから有利だったはずなのに、フロップで、リバーで無情にもが落ちて終了。このラウンドまで”alternate”ができたようなのだが、2度オールインとなった負け方がよろしくなかったのでやめて、そのままホテルに帰って昼寝した。

そんな具合で調子がよくなかったのだが、参加費はそれほど高くないし、居心地が良かったので今度また行きたいポーカールームである。パンフレットによると、午後6時の部は$125で3000点スタートということである。

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2007/07/27

実効支配(6) ~常識で考える日本古代史6

前回のあらすじ
古代日本を江戸時代まで北海道の主であったアイヌ民族から類推すると、ムラを中心とした共同体であったものと思われる。道路も橋もない時代であり、その規模はあまり大きなものではなかっただろう。

古代史の謎といわれるものはいくつかあるが、その中で過去かなり話題になったにもかかわらず現在あまり注目されていないものの一つに「倭の五王」がある。中国は後漢が滅亡してから隋が興るまで統一王朝はなく、3~6世紀にかけては三国時代(魏・呉・蜀)から南北朝という分裂時代であった。この中で北朝に継続的に朝貢していたのが倭の五王(讃・珍・斉・興・武)であった。

3、40年前には、この五人の王がどの天皇にあたるのかという議論が非常ににぎやかだったのだが、いまほとんどそういう議論がないのはなぜかというと、大和朝廷の天皇とするとどうしてもつじつまが合わないからである。だから、彼らは大和朝廷の天皇ではないということになるのだが、それを断言してしまうといろいろ都合が悪いらしいのである。このことはまた改めて述べることにしたい。

この五王の中で武(倭王武)が宋に朝貢したときの文書が、非常に有名な以下の文書である。

自昔祖禰 躬擐甲冑 跋渉山川 不遑寧處 東征毛人五十國 西服衆夷六十六國 渡平海北九十五國 (「宋書」倭国伝)

訳:昔からわが祖先は、よろいかぶとに身を包み、山川を越えて方々に遠征し、休む暇もありませんでした。東では毛人の国50を征服し、西では衆夷の国66を服属させ、さらに海を北に渡って95ヵ国を支配しました。(by taipa)

昔この文章を読んだ時、そんなにたくさん国はないだろうと思ったのだが、先に述べた千人規模のムラ=「国」と想定すると、かなりしっくりくる表現であることが分かる。そして海を北に渡って征服というのだから倭王武のいるのは九州北部であろうし、西と比較して東の征服国が少ないのは、本州にはあまり支配地を増やすことはできなかったのだろうという推測が可能となる。

古代日本の人口を推定するのは難しいのだが、江戸時代が約2千万人、奈良時代には4~5百万人というところらしい。となるとさらに時代がさかのぼって5世紀以前を想定すると1~2百万人という推定はそれほど大きく違ってはいないだろう。そして、馬で移動できて街道も整備された江戸時代でさえ「三百諸侯」いたのだから、古代は千や二千の支配者がいておかしくない。人口で割ると、ひとつの「クニ」の人口は1000となる。先にあげた規模と同じである。

さて、そういうムラ=「国」が散在していた時代を考える。その中から、ある日ある場所に「この世のものはすべて俺のものだ」と考える人間が出現すると仮定する。こういう人間は洋の東西、時代の新旧を問わず必ず出てくるのである。そして、その人間が実行可能な手段を持っていたとき、征服活動が行われることになる。最初に検討したモンゴルでは、チンギス・ハーン的には「馬と女」、より普遍的には「周辺諸国が有している貴金属」を目当てとして征服が行われた。それでは古代日本で、一体何のために、何を得るために征服活動が行われたのだろうか。(この項続く)

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2007/07/25

月岡温泉

新潟市内から車で30分ほど東に行ったところに、月岡温泉がある。ここは石油試掘中に温泉が出てきたといわれるように比較的新しい温泉であるが、湧出温度が50度と高く湯量も豊富、しかも温泉成分が非常に濃厚であることで有名な温泉で、「日本一濃い温泉」ともいわれているのである。

今回行ってみたのは日帰り温泉施設の「ほうづきの里」である。駐車場前には源泉のタンクがあり、ここで温泉を持っていく人もいるらしい。それくらい湯量が豊富なのであろう。さて、1階の岩風呂へと向かう。成分分析表をみると基本的には硫酸塩泉だけれど、それだけでなく塩素イオンも炭酸イオンも相当量含まれており、「硫酸塩泉」兼「食塩泉」兼「炭酸水素泉」という雰囲気である。

タンクに貯蔵してあるため加温であるが、加水・循環はしておらずかけ流しに近い。いやが上にも期待が高まる。「換気のため窓を開けておいてください」と書いてあるのもそれらしい。「金属を入れると変色するので気をつけてください」とも書いてある。浴室への引き戸を開けると、つんとイオウのにおい。浴槽もお湯の出口も黒く変色しているし、床はちょっとすべるので注意である。

お湯の色は黄色がかっているが透きとおっており、海藻のような湯の花が漂っている。体にかけるとぬめぬめした感じがあり、ややアブラ臭といわれる匂いがある。イオウ臭は揮発性で入る前から感じるが、このアブラ臭はイオウ臭の後に感じる。お湯に手をつけてから上げてしばらくこすり、鼻を近づけると感じるコールタールのような匂いがそれである。

成分が濃いので短時間(5分とか)で切り上げた方がいいのだが、気持ちがいいのでついつい長湯してしまった。すごく体が温まったのはいうまでもない。そして炭酸水素泉のピーリング効果で、肌が真っ赤になる。ちなみにここは「美人の湯」と言われるそうだが(宣伝のためそういわれることも多いけれど)、これだけいろいろな成分が含まれていれば効果も大きいはずである。

まさに濃ゆい温泉で一種独特のお湯なので、温泉好きな方はぜひ一度行ってみることをおすすめしたい。ちなみに、この「ほうづきの里」は新発田市の施設で入館料が600円とお安い。湯上りには休憩所の他に大広間もあり、夕方になると割引になるようだ。

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ほおづきの里入り口。施設内には展望風呂と岩風呂があるが、かけ流しは一階の岩風呂。

同じ建物の左側には併設のデイサービスセンターの入り口があるのが公営施設らしい。どちらも老人比率はきわめて高かったりする。

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2007/07/24

ホプキンスvsライト、リナレス世界戦回顧

まあ、なんと申しましょうか、なんでこんなに私は予想がうまいんでしょうとちょっとだけ(唄

170ポンド契約12回戦(7/21、米ラスベガス)
バーナード・ホプキンス ○ 判定(3-0) × ロナルド・ライト

WOWOWで1~3Rと12Rしかやらなかったので、全く印象だけになってしまうのだが、ライトは完全に腰回りに余計な肉がついているのに対し、ホプキンスはミドル時代よりもいい体をしていた。42歳にもなって揉み合いに持っていったのも、相当体力に自信があったからだろう。

みんながライトをやりにくいと思うのは、右ジャブで相手をコントロールして中に入れないからなのだが、この試合ライトから左を打ちに行ってホプキンスを中に入れてしまった。あるいは見た目以上に体格差を感じていて、早く仕掛けてスタミナ勝負と思ったのかもしれない。

ライトが目を切ってから12Rまで、ホプキンスがどんな手を使ってライトを消耗させていったのか見られなかったのは残念。もう何試合もできないのだから、フルラウンド見せてよWOWOWって感じでした。

WBC世界フェザー級暫定王座決定戦(同)
ホルヘ・リナレス ○ 10RTKO × オスカー・ラリオス

私が心配した唯一のケース、リナレスがラリオスのパンチを見てしまったことで苦戦を強いられたが、ラリオスにやはり一発強打はなく、最後はリナレスがきれいにKO勝ちで暫定とはいえ世界王者となった。

1Rラリオスが出るところにアッパーを再三突き上げていたので、あれを続ければ前半で決着していたと思うが、2R以降きれいに勝とうと思ったのかパンチをよけてからコンビネーションを入れる方針に転換し、その結果かえってたくさんパンチを浴びる結果となったのは皮肉。でも逆にリナレスがある程度打たれ強い(少なくとも福島や仲里より)ことも証明された。

本場のファンの前でビッグネーム相手にKO勝ちしたことで、今後デラホーヤから声がかかることは確実。田中繊大トレーナー絡みで、バレラのタイトルマッチと組み合わせるのはどうだろうか。現時点のフェザーでは、池仁珍もクリス・ジョンももはや相手にならず、ある程度の試合になるのは1クラス下のラファエル・マルケスかイスラエル・バスケスだけだろう。

もしデラホーヤ傘下に入れば、とりあえずロッキー・フアレス(バレラに善戦)あたりとやるのかもしれない。そしていずれはクラスを上げて、ファン・マヌエル・マルケスやマニー・パッキャオ、さらにカサマヨルやファン・ディアスとビッグマッチということになれば、次の世代のスーパースターになるかもしれない。それだけの素質は間違いなくある。

いずれにせよ、日本で弱的を相手にしてレベルを下げることはない。池やクリス・ジョンは榎と粟生に任せて、世界の大舞台で一層の飛躍を期待したい。

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2007/07/23

ラクソー・ポーカールーム(ラスベガス修行記3) ~ポーカーの奥深い世界46(続き)

日本語表記では「ルクソール」と書くことが多いのだが、これだと通じないので「ラクソー」とすべきである、というのがラスベガス大全の主張であるので、ここではそれに従うことにする。ご存じ、ピラミッドとスフィンクスの宿である。

ピラミッドの底は正方形なので、このホテルは方向感覚がつかみづらいのだが、それほど広くはないので歩き回っていればポーカールームは見つかる。大まかな目安は、ホテルのフロントと逆側で真ん中よりもややエクスカリバー寄り。十数テーブルとじんまりしたポーカールームである。

1日に5~6回トーナメントをやっている。そして規模も他のカシノに比べるとさほど大きい訳ではないので、どちらかというと「ミニトー」という雰囲気である。私の出た夜8時半の回も参加者は11人で結局1テーブルとこじんまりしたものとなった。だから逆に、規模の大きなトーナメントでは難しい少人数、ショートハンドのゲームが修行できるのはうれしい。

トーナメントフィーは$62。なんか半端だなあと思っていたら、テーブルについたときにディーラーチップとしてあと$3徴収されるので合計$65になる。渡されたチップを数えると1000点。まさしくミニトーである。ブラインドは15分ごとで、25-50、50-100、100-200、200-500。なるほどこれなら1日に何回もできるはずだと納得。

1000点しかなくてほぼ1周ごとにブラインドが上がる計算だから、序盤からかけひきなしのぶつかり合いになる。1ラウンドで早くも2人飛ぶ。とりあえず1ラウンドは様子見。2ラウンド終盤、QQ到着。雰囲気的にコールしてもらえそうだったのでオールインすると、ショートスタックとチップリの2人がコール。ショートはTT、チップリはAKとルーズな場だったのにこういう時に限ってみんないいハンドである。

フロップはすべてスモールカード、ターンもrag。よし、これでチップリと思う間もなく、リバーで出たのはである。ああ、やっぱりうまくいかない。サイドポットはとれたのだが、原点を割り込んでショートスタックになってしまう。

その後、3ラウンドはなんとか生き延びたのだが、4ラウンドのBB、残り6人というところで強制オールイン。2人にコーられ、しかもサイドポットはフラッシュで決まっている。日本式(?)にカードを開けないで待っていたのだが、最後に開けてみたらAQでしかもがヒットしていた。もちろん負けているのだが、最初から見ていたらちょっとくやしいボードだっただろう。

その足で裏のチケット売場へ行き、”Fantacy”(9:30開演)のチケットを買って走ったらちょうど始まるところだったので、ゲーム時間は1時間弱だったということになる。ちなみにショーのチケットもトーナメントフィーと同様$60くらいでした。

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2007/07/20

実効支配(5) ~常識で考える日本古代史5

前回のあらすじ
世界史上最大の領土を獲得したモンゴル・ウルスの強みは卓越した攻撃力であるが、占領後の実効支配を支えたのは高速運輸通信網と職住接近であった。しかし拡張した領土は後継者争いにより分裂を招き、それが衰退の原因となる。

さて、話は古代日本に戻る。まず考えていただきたいのは、統一政権とか国家とは、どの時点でどのように形成されるのかということである。古代には憲法もなければ、国連もない。警察も学校も役所もマスコミもない。自分達が暮らせる最低限の生活手段しかないのである。

このことを考える上で参考になるのは、江戸時代まで北海道の主であったアイヌ民族である。「イオマンテ(熊送り)」で知られるように彼らは基本的に狩猟民族であるのだが、定住して小規模な農耕も行っていた。そして一族を中心とするムラ(コタン)があり、ムラを中心に日々の暮らしや年中行事、祭祀が行われていたのだが、統一された国家というものはなかった。

もちろん、他のムラとの間には縄張り(山や川)をめぐる敵対関係があったし、一方で協力関係もあった。そして大規模な戦争(残念なことにアイヌ民族が大規模な戦争になる場合、相手は必ず和人=本州に住む日本人である)になると、村々の中で最も勇者とされた人間が中心となり指揮をとった。その一人がシャクシャイン( ? -1669)で、日高に銅像が立っている。

しかしそれ以外の場合は統一した行動がとられることは少なく、通婚関係があるので儀礼的な物資のやりとりはあったにせよ、収穫の一部を上位者に納めるという「租税」的なものもなかった。おそらく古代日本もそれと大きな違いはなかったと思われる。だからそもそも農耕という生活を営むための血縁関係を中心とする共同体があり、それがより大規模なムラに発展したとみるのが自然であろう。

ただ言えるのは、狩猟生活と農耕生活とでは大きな違いがあって、農耕の場合は大人数で行った方が生産性が上がるためムラが大きくなる方向に向かうだろうということと、土地の優劣(日当たりとか高低、肥沃かどうか)や水利の有無によって収穫に大きな差が出てくるので、他のムラとの敵対関係が狩猟の場合よりかなり深刻になる、すなわち争いが起こりやすいということが考えられる。

ただし、こうした土地争い・水争いの場合、戦いは必ずしも大規模なものとはならずに、例えば双方の代表が一騎打ちをして勝った方の言い分が通るとか、せいぜい小グループによる戦闘にとどまったものと考えられる。いずれにせよそうした自然発生的なムラ、村落共同体がどのくらいの規模のものであっただろうか。

ここで注意してほしいのは、古代には橋もなく、高速道もなく、新幹線も走っていないということである。大陸と違って日本の土着馬は小さく、サラブレッドのように乗って走るというよりは、ロバのように荷物を持たせたり農耕用に使われたりしていたと考えられる。だから移動のスピードは自分の足で動ける速さとなる。

さて、仮に東西に流れている川の両岸に展開する耕作地を持つムラがあったとしよう。川の両岸それぞれ100m、集落(住居地)を中心に歩いて1時間=4kmの範囲を支配しているとして、さて、これで何人の人口を養うことができるだろう。

一人が一年に食べるコメが一石、一石のコメがとれる水田が一反、一反は10aである。これは10m×100mにあたるから、この領土から得られる収穫はコメにして20×40=800石。これだけの領地を支配しても収穫は800人分にすぎないのである。川の両岸に100mずつというとかなり広範囲だし、4kmはJRの駅ひとつ分である。他に農耕以外で得られる食料もあるし子供もいるから、おそらく実際には1000人規模の人口とみることができるだろう。

話は少し先走るが、ムラの規模はせいぜいこのくらいが限界だったのではないだろうか。そしてそうした大規模なムラが「クニ」と呼ばれるようになったのではないだろうか。(この項続く)

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2007/07/19

ホプキンスvsライト&リナレスvsラリオス戦展望

170ポンド契約[スーパーミドル+2ポンド]12回戦(7/21、米ラスベガス)
前統一ミドル級王者 バーナード・ホプキンス(米、47勝32KO4敗) +110
元統一Sウェルター級王者 ロナルド・ライト(米、51勝25KO3敗) -140

すでに42歳になるというのに、ホプキンスはまだやる気である。「ロッキー・ザ・ファイナルぼけ」のアントニオ・ターバーからダウンを奪って判定勝ちしてから1年。今度は2000年以降無敗のウィンキー・ライトが相手である。双方-120でスタートしたオッズがここに来てライトに傾いているのは、やはりその年齢を不安視するからに他ならない。

まずホプキンスだが、これまでの戦績は申し分ない。そしてミドル級時代の後半には極端に少なくなっていた手数が、ウェイトを上げてかなり多くなっていたのは好材料である。体格的にも、ライトの176cmに対し183cmとかなりの身長差がある。これまでライトはサウスポーでかつ懐が深いことから多くの対戦相手が音を上げてきたが、今度はポプキンスの方が大きい。一発の強打ももちろんホプキンスである。

かたやライト。トリニダードに圧勝しジャーメイン・テイラーとも引き分けて、ミドル級で最右翼の実力者であることは間違いないのだが、今回の契約ウェイトはスーパーミドルよりさらに上である。いつものように右のジャブでコントロールしたいところであるが、これまで自分より大きな相手とはあまりやったことがない。あと、みんな忘れているがライトも35歳。決して若い訳ではないのだ。

おそらくホプキンスはライトのジャブを食わない位置から、一気に必殺の右を決めに来るはずである。ホプキンスが急激に衰えていなければ、ライトのジャブを続けてもらうことはないだろうし、ライトが不用意にジャブを出し続けると打ち終わりに左のボディプロー(デラホーヤを倒したパンチ)もあるかもしれない。これをうまく捌けばライトのものになるが、ホプキンスがどこかで山場を作るのではなかろうか。ホプキンスの判定勝ちに一票。

WBC暫定世界フェザー級王座決定戦(場所同じ)
WBC1位 オスカー・ラリオス(メキシコ、59勝37KO5敗1引分け)
WBC2位 ホルヘ・リナレス(ヘネズエラ、23戦全勝14KO)

帝拳所属のリナレスが、いよいよ世界挑戦である。場所はLVマンダレイベイ。メジャーデビューにもってこいの舞台である。

日本でもおなじみのラリオスだが、すでに30歳とピークは過ぎている。スーパーバンタム時代から手数は多いのだがパンチ力がなく、フェザー級に上げると途端に歯切れの悪い試合となる。ここ2試合も弱的相手に10R判定勝ちと煮えきらず、いよいよ主役交代の時期が来たようだ。

一方のリナレス、打ち合ってよし離れてよしの万能型。ここまで23戦、地域タイトルで経験を積んで満を持しての登場である。ラリオスの手打ちのパンチは恐れるに足らないので、打ち合って強打を決めればKOで勝てる。逆に大事をとりすぎてラリオスのパンチを見てしまうと、あれは12R止まらないのでパンチを食っていないのに攻勢点で判定負けという危険もない訳ではない。

世界チャンピオンはノーリスクでは手に入らない。リナレスにはぜひ打ち合ってもらいたいものである。

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2007/07/18

内藤やった!3度目の正直で世界チャンプ

WBC世界フライ級タイトルマッチ(7/18、後楽園ホール)
挑戦者 内藤大助 ○ 判定(3-0) × チャンピオン ポンサクレック・ウォンジョンカム

全国ネットの中継がつかず、東京メトロポリタンTVの中継。ちらっと徳山が勝った時のことを思い出して何か今日はやるのではないかという気がしていた。内藤自身が2度負け(内藤の2敗はいずれもポンサクレックで、他の選手には負けていない)ているにもかかわらず、序盤からほとんど腰が引けずによく戦った。これでWBA、WBCとも日本人チャンピオンである。

内藤のガードが低くて打つ姿勢も良くないのはいつものことだが、今夜の試合なぜかポンサクレックが前に出てきたので、かみ合ってカウンターが再三決まった。なぜカウンターパンチャーのポンサクが最初から出てきたのだろうか。報道されたように減量の失敗があったのかもしれない。

3Rにポンサクが目を切ったのはパンチという判定で、確かにこの回内藤の右がクリーンヒットしたが、傷を見た感じではバッティングの可能性も高い。いずれにせよこの負傷でさらにポンサクがあせって空振りが目立つようになる。そしてオープンスコアリングシステムで途中採点が内藤有利ということになれば、ポンサクも出るしかなくなってしまった。

圧巻は9ラウンド。おそらく8ラウンドまでのポイント発表を聞いたのであろうポンサクが勝負をかけてきた。この回前半は打ちまくられた内藤が危ない場面もあったのだが、開き直って打ち合いに応じたら逆にポンサクの方が効いてしまった。10Rポンサクが休まざるを得なかった時点で、内藤の番狂わせがほぼ決定的となった。

試合を通じて見栄えが良くなかったのは、オーソドックス(内藤)対サウスポー(ポンサク)で足の踏み合いになったことと、内藤がなりふり構わず勝ちに行ったからで、本来内藤はちゃんとしたボクシングもできる選手である。逆にきれいなボクシングをしていたら、百戦錬磨のポンサクに細かいパンチを当てられていただろうから今夜はあれが正解だろう。

さて、これでフライ級のビッグマッチが日本で行えることになった。この試合では内藤に実入りほとんどなかったようなので、次はファイトマネー1億円の試合を用意してあげてほしい。私が期待したいのは、内藤対亀田興毅、坂田対亀田大毅のダブルタイトルマッチ。内藤・坂田とも弟とやりたいだろうな。楽勝だから。

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新潟競馬場

新潟競馬場は、いまや日本最大の芝コースを有する競馬場である。数年前までは、右回りで外回りコースの第4コーナーが競馬場の正門寄りにあったのだが、現在は左回りになって昔の4コーナーはいまは1コーナーになる。内回りコースの直線でさえ400mと中山より長く、外回りの直線はなんと600m、そして最大の特徴は1000mという日本で唯一の直線コースがあることである。

新コースになってから今回初めて新潟競馬場に行ったのだが、昔のコースも十分でかかったのに、新コースは冗談じゃないくらい大きいのである。もっともローカルなので、スタンド自体がそれほど大きくないということもあるのだが、スタンド前の芝生席からは1000mのスタート地点はおろか、外回りコースの4コーナーですらかすかにしか見えない。

スタンドは旧コース時代からあるアイビススタンドと、新コースになってからできたNILS(ニルス)スタンドがある。どちらも2階席より上は指定席になるので、コース全体を見渡すためには早めに予約して指定席を押さえる他はない。とはいえ、ガラスを隔てずに間近で見る競馬も悪くはない。いずれにせよ双眼鏡でも使わない限り、1000mのスタート地点付近など見えやしないのだ。

これだけ直線が長いと追い込み馬が有利に思えるが、昔から水はけがよくタイムが早くなる傾向にあるので、先行馬が粘ってしまうことも決して珍しくない。いわゆる、「前が止まらない」というやつである。実際に今回も、外回り1800mの3コーナー手前で先頭に立った馬が、そのまま残り1000mを押し切ってしまうというレースがあった。

そして今回のお目当ては直線コースを使う重賞レース、アイビスサマーダッシュである。通常だとみんな内ラチ沿いに走るのだが、このレースは外ラチにみんな寄ってくるので、見ているすぐ前を走るのがすごく楽しい。いちばん4コーナー寄りの残り250mあたりで見ていたのだが、そのあたりで私の本線、武豊のジョイフルハートはすでにたれて(スピードが鈍って)しまった。

ところがどこをどう走っていたのか、押さえで買っていたサンアディユが抜けたと場内放送で言っている。この馬からは馬連で6点100円ずつ買っている。なんとか人気のないのを連れて決まってくれと思ったのだけれど、2着は1番人気のナカヤマパラダイスだった。まあ、それでも2万円以上つき、幸せな気持ちで競馬場を後にして、新潟駅でおみやげに久保田千寿の1升瓶を2本買って帰ることができたのでありました。

p.s.改めて、今回の新潟地震に遭われた方々にお見舞い申し上げます。速やかに復興されることを心からお祈りいたします。

niigata スタンドの端あたりから4コーナー方面を望む。小さく人が見える生垣あたりから先、左に見えるスタンドには一般の人は入れないようである。

内ラチの切れているあたりが、内回りの4コーナー。これでもかなり遠い。外回り4コーナーあたりまでははなんとかかすかに見える。

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2007/07/17

新潟で日本料理

しばらく前から、日本旅館を敬遠する傾向にある。というのは、日本旅館イコール1泊2食が定番なのだけれど、その食事の質的低下が著しいからである。

以前は、部屋食でも宴会場でも、最初に座った時に出されている料理の他にできあがってから運ばれてくる料理があり、温かいものは温かく、冷たいものは冷たく楽しむことができた。ところが最近では、すべての料理が最初からお膳に乗っている。そのため食べている間に温かい料理はなまあたたかく、冷たい料理はなまぬるくなってしまう。これでは日本料理とはいえない。

この不満は、昨年ある温泉旅館に行った時に頂点に達した。日本料理のコースは昔の本膳料理から発展した会席料理が基本であり(同じ読みでも懐石料理=茶懐石とはルーツが違う)、先付け、一汁三菜(刺身・焼き物・煮物)、揚げ物、蒸し物、酢の物、止め椀、水物と大体相場が決まっている。海鮮割烹を売りにしている店では魚を中心に組み替えるなどそれぞれの店で特色があるのだけれど、この大枠から外れることはあまりない。

ところがその旅館では、全館分を一度に調理しているらしく、最初にお膳からお櫃から吸い物から全部持ってくる。そして料理は茶碗蒸しを除いてすべて室温である。茶碗蒸しは電子レンジでチンしているのではないかという想像がとっさに働いた。さらに、揚げ物(=天ぷら)がない。一度に持ってくるとなると、作りたてを食べないとおいしくない天婦羅をメニューに入れられないのだろう。

おそらくそういうことの起こる背景には、ツアー営業のやりすぎがある。さらにその原因はというと、価格の安さだけを重視する消費者の嗜好がある。温泉バスツアー1泊7,980円とかをせっせと営業したら、こうなるに決まっているのである。もちろん、値段をもう1グレード上げて1泊30,000円くらい出せばまともな旅館はあるのかもしれないが、これまで1泊15,000~20,000円でそこそこまともな宿に泊まれたことを思うと、そこまで出すのはくやしい。

前置きが長くなったが、その解決策としてちょっと前からやっているのが、旅行に行く際に温泉は温泉で、食事は食事で、泊まりはホテルでと要素を分解することである。今回新潟に行ったのもこのやり方で、月岡温泉の日帰り入浴と、ホテルは東横イン(朝食がつく)、そして夕食は、戦前に赤坂、祇園と並び称せられたという古町の一角にある日本料理「小三」に行ってみた。

いかにも由緒ありそうな玄関を入り、全個室の座敷に通される。坪庭がしつらえてあり、すっかり日が暮れた頃には蛍を楽しむこともできる。もちろん、料理はひと品ずつ持ってきてくれる。温かいものは温かく、冷たいものは冷たく出てくる。お酒はもちろん地元新潟産で、久保田の萬寿をいただく。一年の疲れが飛ぶ思いである。

あいなめのお吸い物に、お造りはひらめと甘海老、焼き物はナメタガレイ、天ぷらの後には胡麻豆腐とじゅんさい。みんなおいしい。コースの最後は、おそばと果物なのだが、料理とおそばの間に枝豆が出る。この枝豆がまた新潟の名産で、これが出ると灯りが落とされて蛍タイムとなる。心憎い演出である。普段1時間くらいで一気に飲むだけ飲んでしまう私も、こういうふうにゆっくり料理が出ると自然にゆっくり飲むようになるのは不思議である。

やっぱり料理は、ちゃんとしたところでちゃんとしたものを食べるべきだなあと思った夕べでした。

p.s.帰ってきた次の日にその新潟で強い地震があって、驚いています。まだ余震も続いているようです。被害が大きくならなければいいのですが。

11040003 携帯の画像なのでうまく撮れていませんが、先付。左から、鰯の酢〆めとねぎのぬた。焼き鱧といかのウニ焼き、サーモンとチーズ。たらこと新生姜、枝豆のゼリー寄せ。

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2007/07/13

実効支配(4) ~常識で考える日本古代史4

前回のあらすじ
モンゴルが世界制覇できた背景には高速運輸通信網と職住接近があり、このことによりはるか遠方の地域を征服することと、これを占領後に管理することが可能であった。そして、その要因としては、彼らが定住しない牧畜集団であったことがあげられる。それでは、この世界史上最大の統一国家はいかにして分裂したのだろうか。

鎌倉時代に日本侵略を図った(元寇)フビライはチンギスの孫にあたり、父トゥルイ(チンギスの末子)の時代からこの一族は中国方面の司令官であった。ちなみに、チンギスの子供の中では、長兄にあたるジュチの一族が最も戦略的才能があったようで欧州方面の司令官、弟のチャガタイの一族が中央アジアの司令官、そしてさらにその弟であるオゴディがモンゴル・ウルスとしての大ハーン、すなわち家長の地位にあったのである。

どうもこれには、チンギスの子供達(兄弟)の仲があまりよくなかったということがあるらしい。チンギス・ハーンが言ったとされる「敵を殺して、その妻妾を自分の後宮(ハレム)に入れるのが、人生最大の楽しみだ」という言葉や、最近の研究で、世界中に最も遺伝子を残している歴史上の人物がチンギス・ハーンであるということから裏付けられるように、この一族には多くの妻妾を持つ例が多く、その結果として子孫が非常に多い。そしてモンゴルでは「末子相続制」が支配的であったとされる。子供が多くて末っ子が跡継ぎだとどういうことになるか。なかなか正統な後継者が決まらないということである。

それでもチンギスが生きていればなんといっても親父だし、後継者となったオゴディは温厚な人柄で、兄弟それぞれから一目おかれていた。しかしオゴディの死後チンギスの孫世代になると、大ハーンの地位を巡り同族の間で深刻な後継者争いとなった。才能ある司令官であればあるほど、ひとからコントロールされることより自分がコントロールしたいものであろう。そしてフビライが南宋を滅ぼして元を建国し日本に進軍した頃には、すでに大ハーンがモンゴル・ウルス全体を掌握するという体制ではなくなっていたのである。

そして、フビライの子孫が元(中国)を、ロシア・東ヨーロッパはジュチの子孫がキプチャク・ハン国を、中央アジアはチャガタイの子孫がチャガタイ・ハン国を、モンゴル西部はオゴディの子孫がオゴタイ・ハン国を、イラン・イラク方面はフビライの弟フラグがイル・ハン国を建てて、それぞれかつてのモンゴル・ウルスの領土を分割統治した。それぞれの領土から得た収穫(=金)は、儀礼的に各国間でやりとりされたようだが、これまで大ハーンが有していた広大な領土と強大な権力は、縮小から衰退の方向に向かうこととなった。

もともと末子相続ということ自体、一人前になった兄から順番に羊や馬などの家畜を分けてもらって親から独立し、一番成長の遅い末っ子が残った家畜を受け継ぐ代わりに老いた親の面倒をみるという牧畜集団に独特のものである。しかし、定住して領土を守っていかなければならないとすれば、早く後継者を決めて経験を積ませなければならない。

にもかかわらず、どうもモンゴルは大領土を持つようになってからも非定住生活にこだわったようであり、長期安定政権には適していなかったといえなくもない。ちなみに、現在の北京とモスクワはいずれもモンゴルがその基礎を築いた都市である。北京=当時の大都の一角には、パオを設置するための草原がわざわざ用意されていたという。

このように、世界史上最大領土を獲得したモンゴルは、結局のところ最大に拡張したその時点からすでに衰退を始め、チンギス・ハーンが大ハーンとなってからおよそ100年後の1301年にはオゴタイ・ハン国が滅亡、さらに約60年後の1468年には元も中国を放棄してモンゴルへと撤退した。フビライからわずか5世代、チンギス・ハーンから数えても7世代の栄華に過ぎなかったのである。帝政ローマ(約400年)、唐(約300年)、日本の徳川幕府(約260年)と比較しても、はるかに短い。(とはいっても、キプチャク・ハン国の最後の分家であるクリミア・ハン国は、なんと1917年のロシア革命まで存続した)

こうしてモンゴルの興亡を振り返って再認識できることは、広大な領土ほど統一政権を維持することは困難であり、優秀な司令官であればあるほど中央のコントロールから独立する傾向にあること、また血縁による帰属意識が強いのはせいぜい2世代か3世代であり、それ以上離れると分裂する力が強く働くことである。さて、いよいよ日本古代に戻って常識で考えてみたい。4世紀や5世紀に、日本全国を統一する政権がはたして可能だったのかどうか。

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2007/07/12

WBO/IBF世界ウェルター級タイトルマッチ展望

現在ウェルター級の世界チャンピオンは、WBAがミゲール・コット、WBC正がフロイド・メイウェザー、暫定がシェーン・モズリーといずれ劣らぬ強豪が揃っているが、残るIBF、WBOのチャンピオンもなかなか強い。そして今週は彼らが揃って防衛戦を迎える。もしかしたらこのウェイトなら、メイウェザーよりマルガリトの方が強いのではないかと思っているのだが。

WBO世界ウェルター級タイトルマッチ(7/14、米カリフォルニア)
チャンピオン アントニオ・マルガリト(メキシコ、34勝24KO4敗) -120
挑戦者 ポール・ウィリアムス(米、32戦全勝24KO) -110

この十年間に敗れたのは1階級上のスーパーウェルター級タイトルに挑戦したダニエル・サントス戦のみ。それも負傷判定でのスプリット・デシジョン(1-2)だから、いかにマルガリトが強いかということである。しつこい連打型でしかも打たれ強く、相手の方が音を上げてしまういつものスタイルが健在なら、ミゲール・コットでもそう簡単な相手ではないだろう。

一方のウィリアムス、シャーンバ・ミッチェル(元スーパーライト級C)をKO、無敗対決のマティセー(IBF予想参照)もKOしている米国期待の25歳新鋭。183cmという長身サウスポーで、現地の予想でも当初マルガリトFavoriteだったのがすでに拮抗している。

強いチャンピオンと強い挑戦者のタイトルマッチで、日本で注目している人はほとんどいないが、かなりレベルの高い試合であることは間違いない。一応マルガリトの経験を上位にとるが、予断は許さない。いつまでもモズリーやメイウェザーでもないような気もするし、もしかするとこの試合でニューヒーローが誕生するかもしれない。

IBF世界ウェルター級タイトルマッチ(7/14、米アトランティックシティ)
チャンピオン カーミット・シントロン(プエルトリコ、27勝25KO1敗) -500
挑戦者 ワルテル・マティセー(アルゼンチン、26勝25KO1敗)  +350

普通IBFとWBOではIBFのチャンピオンの方が強いのだが(歴史的にIBFの方が古い)、この階級ではWBOの方に分があるようだ。こちらのIBFタイトルの方も両者の戦績をみると素晴らしいのだが、実はシントロンの1敗はマルガリトにKO負け、マティセーの1敗はウィリアムスにKO負けと、いずれもWBOタイトルマッチの両者に敗れているからである。

ともにキャリアの大半が前半KO勝ちというハードパンチャー対決。そして必ずしも打たれ強くはないこともキャリアが証明している。となれば、カシノ客好みの派手なKO決着となることは確実で、それでいまや東海岸の定番となったボードウォーク・ホール開催なのだろう。

これまでやってきた相手からみてシントロン有利ではあるが、実はウィリアムスがとてつもなく強かったとしたら、マティセーもそこそこやる可能性がある。その意味でこれも楽しみな試合。

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2007/07/11

シーザースパレス・ポーカールーム(ラスベガス修行記2) ~ポーカーの奥深い世界46

シーザースパレスはフォーコーナーの北西の角にある。北側にはショッピングモールをはさんでミラージュがあり、フラミンゴ通りを挟んで南側にはベラッジオ、ストリップを挟んで東側にフラミンゴ、フォーコーナーの反対側はバリーズとパリスという、文字通りラスベガスの中心であり、24時間人通りが途絶えることはない。

シーザースパレス自体がいくつかの棟により構成された巨大ホテルである上、ショッピングモールともつながっていてカシノ内でも迷ってしまうほどである。その中でポーカールームを探す目印となるのはスポーツブックである。競馬や野球、その他いろいろなスポーツを中継している大画面スクリーンを持つスポーツブックは非常に目立つので、そこを目印に行くとポーカールームの入口に到達する。なぜかポーカールームとスポーツブックの近いカシノに今回は縁があって、MGMもミラージュもそうだった。

ここのポーカールームは今回行った中で最も過ごしやすいところで、まず広い。ライブゲームのテーブルが30くらいある上に、トーナメントテーブルはそれとは別に、奥の部屋にさらに30くらいある。トーナメント中もひっきりなしにカクテルおばさん(ガールとは言い難い)が注文を取りに来てくれる。

大画面テレビでスポーツ実況やトーナメント状況を映してくれるのもいい。そしてデイリートーナメントを昼の12時、夜7時、夜11時の1日3回開催している。私の参加したのはWSOPの翌日の12時スタートの回で、参加費は$200、4500点スタートでリバイ・アドオンなし、ブラインドは40分である。平日の昼間だというのに、20テーブル以上のスタート。スタートチップも大きいのでちょっと粘ると4、5時間は残れるのではないかと思われた。

しかしこのトーナメントでは、前々日のベネチアン、前日のWSOPの反省から、あまり手を選ばずに序盤からどんどん攻勢に出てみようと思っていた。そして、1ラウンド(25-50)から、なぜか前日までほとんど来なかった上位10%ハンドが入るのである。QQでスチール、AKでスチールと好調だったが、なぜかポットが大きくならない。3度目のレイズはAJだったが、コールされてしまう。フロップ何も落ちずに打たれて下ろされてしまう。ちょっと嫌な雰囲気である。

2ラウンド(50-100)、ミドルポジションAdTdでレイズしたが、ショートのBBにコールされる。フロップはスモールカードでダイヤが2枚、ここでBBがオールインである。こちらはほぼ原点、BBは2000点くらいだからたとえ負けても半分残る。Aとダイヤだから待ちは広いと判断してコール。BBのハンドはQQ。思ったとおり12アウツあったのだが、ターン、リバーともAorダイヤが出ずにチップをざっくり減らして1回目の休憩。

3ラウンドから早くもアンティ25で100-200。持ち点からいって、もうゆっくりしてはいられない。カットオフで前に誰も入っておらずハンドはQhTd。スチール気味にメイク800点レイズしたら、ボタンにあっさりコールされる。あと残りは1000点余りだから、ほとんど選択の余地がない。フロップKJ8で2枚ダイヤ、ノータイムでオールインするが、相手もあっさりコール。ハンドはとみると、AhQdである。が出たら負けで、フラッシュができても負ける。まくり目はオープンエンドのAと9だけである。

結局ターン、リバーともragで、結局私のシーザースパレスはわずか2時間で終了となってしまった。なんだかゆっくりやっても速攻を仕掛けてもダメで、ホテルに帰って不貞寝する。でもとても居心地のいいポーカールームなので、次に来る時はなんとか長期戦を挑みたいものである。

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2007/07/10

ベネチアン・ポーカールーム(ラスベガス修行記1) ~ポーカーの奥深い世界46

さて今回のラスベガス、WSOPは夕食前にゲームオーバーとなってしまったため、結果的に各カシノホテルのポーカートーナメントをはしごすることができた。せっかくの機会だったので、振り返ってみることにしたい。全体傾向としてはほとんど手がこなくて、その分の上位10%ハンドが先週土曜日のスト杯ミニ(リミット!)の1ラウンド20分の間に10ハンド以上来てしまったのは悲しいことでした。

ベネチアンホテルはストリップの東側、フォーコーナーの北よりにあり、南にハラース、ストリップの向かい側には「ミステア」のTIがある。マカオ通の方には、いまコタイ地区に建設中のベネチアンと同じ建物というとすぐ分かる。ポーカールームへは、正面玄関(タクシー乗り場)からはロビーとカシノを突っ切っていくが、ストリップ(ハラーズ)からショッピングモール経由だと階段を下りてすぐ。受付はカシノ側と階段側の2ヵ所あって、階段側がトーナメントの受付になる。テーブルは30~40くらい。

トーナメントの申し込みにはプレイヤーズカードが必要だが、なければすぐ横のデスクで入会申し込みすることができる。今回参加したのは午後8時スタートのデイリートーナメントで日-木開催。だが、現在特別大会の開催中でその関係でやっている日といない日があるようだ。参加費は$110+15バイイン+1リバイ+$5スタッフボーナス(チップ1000)となっているが、基本的に申し込み時には$130払ってトーメントチップを2500点もらう。

リバイは$50で最初からアドオンしても、飛んでからリバイしてもよく、テーブルで現金払いすると2000点くれる。アドオン・リバイとも3R(休憩)までの1時間半で、どちらか1回しか行うことができない。だから、どの時点で$50の権利を使うのかが大事なポイントとなる。私の場合は周りが開始時点でみんなアドオンしていたのでつられて最初に使ってしまったが、序盤で冒険して引きに行ったりできるように、リバイまで取っておけばよかったとちょっと後悔した(べつにアドオンでも、1時間半いつでもいいのだから)。

ともあれ2000点アドオンしての4500点スタート。ちなみにこのトーナメントはLV到着日でWSOPの前日。予行演習のつもりで、堅く堅く進めるつもりだった。しかし、いいハンドが来ない。1ラウンド(25-50)、2ラウンド(50-100)、3ラウンド(100-200)までの各30分ずつで、上位10%ハンドは3手のみ。99を下り、AT・AQ1回ずつはスチールとなり遠征初ポットを獲得した。ただ休憩を終わって3500点位までチップが減少する。本番だったら、もう1000点しか残ってないなあと思ったのを覚えている。

4ラウンドからはアンティが発生して、アンティ25の100-200。すでにショートスタックなので、ポジションが悪いと入りにくいし、ポジションがいい時には必ず誰かがレイズしてくる。AKoをレイズするが、コールされてフロップで何も落ちない。再び99が来るけれどもコールで入るという中途半端なことをしてしまって、これもノーヒットで下り。5ラウンド(アンティ25、200-400)、もうゆっくりしていられない。残り2500点余り、ショートスタックのオールインをAKoで受ける。相手はQJo、よし勝ったと思った。

リバーまで何も絵札が落ちずAハイで勝ちだなと思っていたら、なぜかチップは相手方へ。よく見ると、スーツが4枚同じでフラッシュを作られてしまっていたのであった。その次の手をJ6でやけくそオールインしたら、こういう時に限ってフロップJ2枚にリバーで6のフル。それで6ラウンド(アンティ50、300-600)まで粘ったものの、最後はBBで64の自然死でした。

今回の反省点は、リバイ権利を残して序盤でもう少し冒険すべきだったということだが、翌日の予行演習もあったのだからこれは仕方がない。そして早い段階からアンティがあると、じっくり手を選んではいられないということが教訓だった。それを受けて次からのトーナメントでは早仕掛けをすることになるのだが、その結果は改めて。(この項続く)

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2007/07/09

ラスベガス07年夏

今回のラスベガスは、6月25-27日に開催されたWSOP(ポーカー世界選手権)シニアへの参加をメインに、24日日本発(当日現地着)・28日現地発(翌日日本着)の日程での遠征となった。実際には3日間のうち初日で負けてし