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2008/02/29

魏志倭人伝(16) ~常識で考える日本古代史33

2.4. 3世紀における倭の風俗(続き)

前回のあらすじ
魏志倭人伝の第二部では倭人の酒好きについて述べられているが、大和朝廷を構成していたとみられる弥生人(新モンゴロイド)のうちかなりの部分は酒が飲めなかったとみられ、その意味でも邪馬台国=近畿説は疑問である。

他にも倭人の風俗としてさまざまの内容が書かれているのだが、もう一つ注目してみたいのは倭の気候である。

倭地温暖、冬夏食生菜、皆徒跣。
倭の地は温暖であり、夏冬とも生野菜を食べることができる。皆はだしである。

倭は暖かいというのが魏の使節の第一印象である。また、その衣服についても次のように書かれている。

男子,其衣橫幅,但結束相連,略無縫。婦人,作衣如単被,穿其中央,貫頭衣之。
男は、横長の布を体に巻きただ結んでいるだけで、縫っていないようだ。女は、一重の衣を作り、その中央に穴をあけそこから頭を入れて着ている。

これを読む限り、布を一枚程度のことであり、重ね着しているようには読めない。もちろん、楽浪郡の置かれている現在の北朝鮮や、帯方郡のおかれている現在の韓国に比べると、日本は暖かい。暖かいのだが、それは決して全国一律ではない。例えば1月の気温を調べると次のような違いがある。

福岡市 最高気温 9.8℃ 最低気温 3.2℃ 12-2月真冬日 6.6日
長崎市 最高気温 10.3℃ 最低気温 3.6℃ 12-2月真冬日 5.9日
佐賀市 最高気温 9.5℃ 最低気温 0.8℃ 12-2月真冬日 21.4日
奈良市 最高気温 8.7℃ 最低気温 -0.3℃ 12-2月真冬日 46.8日
資料:気象庁HP、データは1970-2000年の30年平均。

一目見て分かるのは、九州北部と奈良の気候の違いである。真冬日とは最低気温が0℃を下回る日のことだが、冬期間3ヵ月のうち福岡、長崎はごくわずかの日が真冬日であり、佐賀市でも月に7日程度である。しかし奈良市ではその倍を超える46.8日が真冬日である。

もちろん九州北部にせよ、せいぜい1、2枚の布でしのげる寒さではないかもしれないが、冬の期間半分以上の日に池が凍ってしまう、霜が下りてしまう土地を指して、温暖というのかどうか。そして霜が毎日下りてしまうと、基本的に野菜はとれないのである。

このことからも、倭地は九州北部である可能性が大きいと考えられるのである。(この項終り)

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コメント

どうやってお洒落してたんでしょうね
お化粧も....
UVカットもしなくて良い時代だったんでしょうね。

(読めない漢字は飛ばして読んだゾ)

投稿 びびり姫 | 2008/02/29 20:09

>> びびり姫さま

コメントありがとうございます。また、まさに核心を突いたご質問、感謝いたします。

倭人伝の中に、「(倭国の)山から丹をとることができる」「丹を身体に塗って、おしろいの代わりにしている」という記事があります。

「丹」というのは硫黄と水銀の混合物のことで、色は現在でいうと、神社の鳥居によく使われている朱色だったようです。このことからすると、おそらくほっぺに丸く朱を入れたのではないかと考えることができますね。

それと、装身具として髪飾りや首飾りをしていたのは、縄文時代以来の遺跡から出土していることから間違いのないところです。そうすると現代のお化粧と根本的に違うのは香水・コロン類くらいということになるでしょうか。

女性が綺麗でいたいという気持ちは、おそらく昔も今もそんなに変わらないような気がします。もちろん、「綺麗」の水準はかなり違うとは思いますが。ではでは。

投稿 TAIPA | 2008/03/01 10:10

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