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2008/04/18

春の特別連載 ~マダムYの素敵な青春(最終回)

注.この物語はフィクションです。

銀行には転勤が多い。そして定期の異動というのは支店長など偉い人だけで、下っぱの異動は月に何度も発令された。男子行員は3年くらいごとに支店を変わるが、これは不正防止という意味合いもある。異動が発令されると関西だろうと九州だろうと、1週間以内に引継ぎを終えて転勤先に出勤しなければならない。

一方で、女子行員は同じ支店に何年もいることが多いが、しょっちゅう寿退社があるので、それを穴埋めするために転勤があった。マダムYは下町支店に入ってまだ1年余りだが、そうした事情で転勤になったようである。転勤先は都心支店で、埼玉に住むマダムYからすると、下町支店のある上野から銀座線に乗って10分ほど先になってしまった。

都心支店は優雅であった。ビジネス街にあるためお客様はそれなりに多かったが、下町支店と違って朝から晩までひっきりなしということはなかった。マダムYの今度の受け持ちは「定期預金」で、主に得意先係がお客様から預かってきた定期預金や通知預金を証書にするのが仕事だった。前にやっていた「センター」とは違って、一日中入金処理をしたり入金通知の電話をしたりしなくてもいいので、大分と楽である。

店全体に余裕があるので、「5・10日(ごとうび)」とよばれる忙しい日を除いて終業時間の5時近くなると店の男子行員が誘いに来る。そして7、8人くらいのグループですぐ近くの銀座とか、赤坂とか、あるいは新宿あたりまで飲みに行くのである。その頃のマダムYは何といっても19か20だから、お誘いは毎日のようにあった。

そして、会計はというと、若い女の子はタダか、せいぜい500円くらい分担するだけである。その頃でも牛丼1杯300円だから、ほとんど出していないのと同じである。おまけに、遅くなるとタクシーで家まで送ってくれる。銀行員だから給料が高いということもあるが、都心支店にはお金持ちの人が多かったのである。

そんな訳で、都心支店に来てからマダムYの預金残高はどんどん増えていった。これまで自腹で飲んでいたのに、ここへ来てからほとんどゴチである。同じ銀行なのになんて違うんだろう、とマダムYは思った。りえちゃんがこの支店に配属されていたらどうだっただろうと考えた。でも、きっと独立心の強いえりちゃんは自分で払わないのはかえって嫌がるような気がした。

でも、こうした毎日はマダムYには、全く苦にはならなかったのである。マダムYの青春は、連日の飲み会とともにそのピークを迎えていた。

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携帯に入れてある堅ちゃんのアラームが鳴った。今日も、マダムYの一日が始まる。毎日のように銀座・赤坂・新宿に出没したマダムYが、なぜこうして家庭の主婦におさまったかについては、また別の話になるのであった。(完)

p.s.「マダムYシリーズ」のバックナンバーはこちら

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