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2008/04/11

魏志倭人伝(21) ~常識で考える日本古代史38

2.5 倭人は何を食べていたか

前回のあらすじ
狩猟からコメの生産に特化するためには、いくつかのリスクがある。年に一度の収穫しかないこと、病虫害による収穫量の差が大きいこと、常に収奪のおそれがあること、などである。これらを解決するためには、金属器(青銅器・鉄器)が大きな要素となったのではないか。

世界的にみると青銅器の発明は鉄器よりも早いが、いずれも紀元前10世紀よりも前のことであり、日本列島に入ってきたのは同時期であるとみられる。中国本土に3000年以上前からあったものだからそれまでも少しは渡来していたと思われるが、量的に拡大したのは以前述べた「倭国大乱」、朝鮮半島からの大規模な民族流入が起こった2世紀であると考えられる。

金属器の流入がなぜ稲作において重要なのかというと、まず第一に生産性が飛躍的に増大するからである。水田を作るには、まず水路を引き、畦(あぜ)を作り、中の土を耕すという工程があるが、いずれの場合も木製品と金属製品では作業効率に大きな差がある。また、収穫の際にも、木とか貝で刈り取るのと、金属器で刈り取るのとでは能率が違う。ということは、金属器があれば、より広い水田を開き、より多くの収穫が可能となる。

加えて、水田面積が広くなることにより、病虫害のリスクも全部とはいえないが若干は軽減される。範囲が広ければ、場合によっては損害が一部の水田でとどまることが考えられるからである。

また、収奪を防ぐためにも、金属器は有効である。例えば、備蓄してあるコメを奪おうとする側と防ごうとする側を考えた場合、実は奪おうとする側の武器は金属器でなくてもいい。弓矢にせよ槍にせよ、木や竹を使ってある程度殺傷力のある武器は作れるからである。

一方で、これを防ぐ側に金属器があるのとないのとでは、守備力にかなりの差が出てくる。コメを作る側というのはいうまでもなく防ぐ側にあたり、金属製の武器、盾や防具があることは収穫を守る上でかなり有効であろう。

これらの要因により、金属器の流入によって「稲作専業になることのリスク」が小さくなり、それまで漁業を中心とした狩猟経済で生活してきた人々が、稲作という専門分野に特化した。そして、おそらくは天候が良かったり病虫害が少なかったりという運に助けられて、稲作ベンチャーは自分達が食べる量以上の収穫、つまり余剰生産力を得ることができたのではないだろうか。この連載のはじめに述べたように、この余剰生産力が、領土拡大への最初の契機となる。

そして、ここで金属器のもう一つの利点が生かされる。コメは、炊いたりお粥にして食べるのが最も適しているのだが、土器ではそれが難しかったということである。金属器である鍋・釜の出現により、日本人はコメを炊いて食べられるようになった(そして後世まで、鍋釜というのは重要な家財道具である)。これらの要因が合わさって、金属器の流入は稲作を後押ししたと考えられるのである。(この項終り)

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コメント

先生、やっと鏡が手に入るのですかsign02
金属器の流入は嬉しいなぁ。

投稿 びびり姫 | 2008/04/11 08:17

>> びびり姫さま

なるほど、私には全然思いつかない発想、ありがとうございます。そうですね。鏡は金属器ですね。

「自分の顔形を見る」のなら、神話にもあるように水に映してというのが一般的ですが、お化粧ということを考えると鏡はなくてはならないものですね。

ところが、鏡の出現よりもはるか前から、お化粧や装飾品はあったのですから、やっぱり女性は恐るべし!ということでしょうか。

まあ私のような半分老人には鏡はあってもなくてもいいようなものですが、というより、最近頭が確実に薄くなっているので特に床屋では鏡は見たくないです(涙)。ではでは。

投稿 TAIPA | 2008/04/11 13:12

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