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2012/02/29

異変 ~せいうち日記56(後編)

低血糖とは、糖尿病治療中の患者にありがちな症状で、端的にいえば薬が効きすぎて血液の中に必要な糖分がなくなってしまう状態である。低血糖については投薬時に必ず注意を受けるし、すぐに糖分が取れるような準備を推奨される。だから私もちゃんとブドウ糖を持っていたのである。

ところが、糖尿病歴が10年にも及ぶ中で、異常に腹が減ってめまいがする以外の低血糖症状になったことがなかった。お腹がすくとくらくらするのは昔からだし(家の奥さんなどは半狂乱になって、食べきれない分量を注文したりする)、だからブドウ糖も持っているだけでほとんどほったらかしだし、はっきり言えば油断していたのである。

後から調べたところ、低血糖を招く要因としては、

1.必要な食事をとっていないこと。

2.過度な運動。

3.アルコールの摂取。

4.下痢。

5.投薬量が必要な分量より多い。

といった点があるそうで、そのままぴったりこの日の私の条件にあてはまる。このまま糖分を補給しなかった場合、意識不明となり最悪は死に至るというから、笑い事ではなかったのである。

なぜかブドウ糖のことを思い出したおかげで、体調は急速に回復した。すぐにパソコンで低血糖を調べたところ、具合がよくなったら食事をとって速やかに栄養を補給すること、お昼までがまんしようなどと思ってはいけないと書いてあったので、すぐに早いお昼へと向かったのであった。

この低血糖のせいで、2、3日はお腹に力が入らず、手足に血が通っていないような感覚があり、考えがなかなかまとまらない状態が続いた。もっとも、「低血糖を恐れてはならない。なぜなら、高血糖による悪影響の方がはるかに大きいからだ」そうなので、この日以来、車の中や会社の机など、あらゆる場所にブドウ糖を置いてもしもの時に備えることにしたのである。

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2012/02/27

異変 ~せいうち日記56(前編)

体調に異変を生じたのは先週のことである。

先々週の週末、朝一番でシステム障害があって電話で起こされた。会社に出てそのまま真夜中まで勤務。その日はホテルに泊まって翌日出張、次の日は4時起きで12時間勤務というハードな日程をこなして帰った後の月曜日、この日は代休をとって医者に行った。糖尿病の薬をもらうためである。

最近血圧が高くて、隙があると血圧の薬を出そうとするので、医者に行く前には1時間ほど散歩する。そうすると不思議と血圧が20くらい下がるのだ。狙い通り血圧は正常値。血糖値も100くらいで、一時期と比べると目覚ましく改善されている。「低血糖を起こすといけないから、薬の量を減らしましょう。」と言われる。ありがたいことである。

昼からはスポーツクラブに行って、プールで歩いたり泳いだり。いつもは夕飯の後に行くのだが、この日は奥さんとワインを飲む約束をしていたので、その前に運動しておきたかったのである。

そして夕刻。奥さん特製の煮込みハンバーグに、ワインは2000年のオー・メドック、クリュ・ブルジョワである。普段飲みのワインにしては決して安くはない値段なので楽しみにしていたのだが、なぜか味が薄い。奥さんに聞くと十分おいしいというので、あるいは年数がたってこなれてきたのでそう感じるのかと思った。

異変が生じたのは1時間くらい後である。何しろ起きていられない。非常にだるいのと、手足の関節と筋肉が痛む。医者に行って風邪をもらってきたかもと思ってパブロンを飲んで横になる。念のため熱を測ってみたが平熱。だんだん頭痛と悪寒もするようになった。奥さんには、「運動不足なのに、急にたくさん動いたからだ」と言われてしまう。

夜半からは、頭痛、悪寒に腹痛も加わる。トイレに行く時も寒くて仕方ないので、真夜中だけど石油ファンヒーターで廊下を暖房。あまり眠れないものの、翌日は出勤しなければならない日である。通勤途中に腹痛を起こさないように、朝食抜きで会社へ。2時間弱の通勤を何とかやり過ごして席に着くけれど、気が遠くなりそうだ。

そこにいきなりシステム障害。ここは気をしっかり持たなくてはならない。頭はぼんやりして手足には力が入らず、このままでは仕事にならない。何とかならないかと思い、そういえばかばんの中にブドウ糖があったのを思い出した。ブドウ糖は脳のエネルギー源となるので、だめもとで食べてみよう。

そしてブドウ糖の固まりを口に入れてゆっくり溶かしていると、1分もたたない間に頭の霧が晴れ、手足にもお腹にも力が入ってきた。何と昨晩からの不調は、低血糖によるものだったのである。(この項続く)

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2012/02/24

アレクサンダーvsマイダナ戦展望

ウェルター級ノンタイトル10回戦(2/25、米セントルイス)
   前Sライト級統一C  デボン・アレクサンダー(米、22勝13KO1敗) 1.57倍
○WBA・Sライト級C マルコス・マイダナ(アルゼンチン、31勝28KO2敗) 2.37倍

最近のこのあたりのクラスは、現代のボクシングシーンを引っ張っているといっていいマニー・パッキャオとフロイド・メイウェザーが主戦場としている階級であり、他のチャンピオン、世界ランカーも個性派が揃っている。中でも戦績的に抜けているのは、6月にパッキャオと戦う予定のティモシー・ブラッドリーであるが、この両者もそれに次ぐ実力者といえる。

マイダナがWBCのスーパーライト級チャンピオンなので、そのタイトルが懸けられるのかと思ったら、1階級上のウェルター級の10回戦で組まれた。メインはWBOスーパーフェザーのエイドリアン・ブロナーの防衛戦のようだが、どう考えてもこちらのカードの方が注目であろう。

本来であれば、コテルニクに勝っていてティモシー・ブラッドリーにしか負けていないアレクサンダーの方が、コテルニクに敗れてアミール・カーンにも負けているマイダナよりも強いだろうと考えるのが妥当である。にもかかわらずオッズがこのように接近しているのは、マイダナのハードパンチの方がファンにとって楽しみであるということであろう。

戦績にみられるように、マイダナのKO率は8割強。アミール・カーン戦もレフェリーによってはストップしてもおかしくなかったので、打ち合いに持ち込めれば好勝負という予想も可能である。しかし問題は、果たしてアレクサンダーが打ち合いに持ち込ませてくれるかという点である。

正直なところ、アレクサンダーはマイダナと似たタイプのファン・ウランゴをあっさりKOしているし、マイダナはアレクサンダーと似たコテルニクに完敗している。だからかみ合わない戦いとなってマイダナが消化不良のまま最終ラウンドを迎えてしまう可能性はかなりあると思うのだが、気になるのはアレクサンダーがブラッドリーに負けて長期低迷期に陥ったのではないかということである。

前の試合のマティセ戦、本来の出来であればワンサイドに破っておかしくない相手にスプリット・デシジョン。もしかするとポール・ウィリアムスのように、自分がやりたい戦い方にこだわってリズムを狂わせているのかもしれない。アレクサンダーが打ち合いに応じるようなら、フルラウンド動けるマイダナにチャンスが大いにある。

マイダナはもしこの試合に勝てば、次はパッキャオvsブラッドリー、オルティスvsベルト、カーンvsピーターソンのどの選手とでも戦いたいとコメントしている。その気持ちは当然アレクサンダーも持っているだろうが、ファンが見たいと思うのはおそらくマイダナと彼らの試合である。

期待込みで、マイダナKO勝ちを予想する。

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2012/02/22

分譲地を見て ~せいうち日記55

千葉ニュータウンに引っ越してきて、昨年末で12年になった。

その間、特殊法人見直しやら業務仕訳けの影響やらで、開発主体であるところの都市開発整備公団(昔の住宅公団である)が開店休業となってしまったため、ここしばらくは新規の宅地分譲がお休みの状態となっていた。ようやく昨年あたりから、民間ディベロッパーを中心に開発が再開されつつある。それで最近は、開発中の新街区を見に行くことがある。

いまから半世紀前の子供の頃、同じように開発中の分譲地をよく遊び場にしていたものである。畑や林を整地して宅地になるととたんに遊びやすくなるし、当時は段差のある土地でも平気で分譲地にしていたから、ところどころに死角ができて、「缶蹴り」をするには最高の場所となった。(その次は基礎のコンクリの上で鬼ごっこをするのだ)

やがてその上に骨組みができ、そして家が建っていくのを時系列的に見ていくのは、かなり楽しかった。当時は新規分譲地には商店街がセットで付いていたので、どんな店になるのか予想して楽しんだ。そしてパン屋とか時々本屋が開店すると、わざわざ遠くなのに出かけてみたものであった。

50年後の現在は見方が世知辛くなっていて、土地の単価はどうだろうとか(大体、12年前より坪で20万円近く下がっている)、敷地は家より大きいか小さいかとか、そんなことに関心が行ってしまうのはちょっと悲しい。もっとも、ニュータウンは原則として一種住専であるので、商店街はおろかアパートもなくて、戸建ての地区はすべて戸建住宅となっている。

さて、民間分譲住宅が今日のように盛んに開発されるようになった背景としては、戦後の混乱期を過ぎて、資金を住宅金融公庫や銀行住宅ローンに回す余裕ができたことが非常に大きい。だから、私の子供の頃、高度成長時代といわれる時期が分譲住宅の出始めなのである。

高度成長時代は64年の東京オリンピックから70年の大阪万博まで。その後ドルショック、オイルショックといった停滞期をはさんで80年代のバブルにつながることになる。先日開催された高校の同窓会の参加者が現役の高校生だった頃は、トイレットペーパーがなくなったらどうするか真剣に議論していた第一次オイルショック時代なのであった。

今後、日本の人口は急激に縮小に向かうことが確定しているし、そもそも新規の宅地分譲の可能な立地は限られるから(ニュータウン法の適用など今後ないかもしれない)、半世紀後にこうして開発中の大規模分譲地を見るような機会はあまりないのではなかろうか(そもそも生きていない可能性が大きいが)。

だから開発中の分譲地を見て子供の頃を思い出すという世代も、私くらいが最後なのかもしれない。他人からみると初老のおっさんが歩いているだけにしか見えないかもしれないが、自分で自分の姿形は見えないので、昔と同じようなことをすると相変わらず子供でいるような気がするのがおかしい。

もっとも家の奥さんによると、「携帯の待受が篠崎愛で、着信音がきゃりーぱみゅぱみゅの55歳はあまりいない」とのことである。

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Sh3b0269 現在分譲中の新街区。立札が立っているところが売出中の宅地。遠くに建築中なのはスウェーデンハウス。

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2012/02/20

ビタリ・クリチコ vs チソラ戦回顧

WBC世界ヘビー級タイトルマッチ(2/18、ドイツ)
ビタリ・クリチコ ○ 判定(3-0) × デリック・チソラ

試合前にデビット・ヘイだったか、「チソラは好勝負すると思うよ」というコメントがあったのだが、何しろ最近3戦で2敗しているチソラだけに、ビタリにはとても敵わないだろうというのが大方の見方であった。ところが試合が始まってみると、ビタリにとってレノックス・ルイス戦以来という大苦戦となってしまったのだから面白い。

チソラが実際やったことは、試合前の挑発行為は別として極めてオーソドックスであった。頭を振りながらのクラウチング・スタイルで接近し、左右のフックを振り回す。顔に当てられなければ腹にねじ込むという、ヘビー級選手が50年前からやっているファイティングスタイルである。

ところがこのオールドファッションが、ビタリにはかえって功を奏した。ここ最近のクリチコ兄弟の対戦相手は、ウラディミールと戦ったデビット・ヘイにみられるように、クリチコの距離で戦うため、この日のチソラのようにフックを打ち込める射程内に近づけなかった。

それは、クリチコ兄弟の右ストレートを警戒したためであるが、チソラが頭の位置を変えながら踏み込むことができたのと、特に左フックに威力があったため、この日のビタリは照準も威力も今ひとつであった。これが仮に弟のウラディミール相手であれば、ビタリよりあわてる傾向が強いウラディミールとはもっといい勝負になったかもしれない。

ビタリも、主武器が右ストレートで他にあまりバリエーションがないので、おそらく左手を傷めたのと、右の的中率がきわめて低かったために苦戦を強いられた。現地ジャッジは大差であったが、私の採点では117-111。米国でやったら私に近い採点が出るのではないかと思う。チソラはこれで大きく名前を上げた。近い将来ビッグマッチが組まれるだろう。

あるいは、鉄壁のビタリといえども年齢的にはすでに40歳で、往年のパワーはないのかもしれない。ビタリもウラディミールもテクニックがあるので、大振りのフックをまともにもらうことは考えづらいかもしれないが、強打を決められないでいる間にペースを握られて、急激にスタミナをロスして失速という展開はないとはいえない。

もう一ついえるのは、ヘビー級にもそろそろ新しいヒーローが誕生しつつあるということである。もしかしたら、チゾラを破った2人、タイソン・フューリーとロバート・ヘレニウスが予想以上に強いのかもしれない。この二人はともに無敗で、しかも2m超の巨体である。いつまでもポペトキンやクリス・アレオーラが世界上位ランカーというのでは面白くないので、彼らニューウェーブの成長に期待したいところである。

p.s. 本編HPはこちら。ボクシングの他、カシノ旅行記などバックナンバーがあります。

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2012/02/16

ウィリアムスvs石田戦展望

スーパーウェルター級ノンタイトル12回戦(2/18、米テキサス)
○前2階級王者 ポール・ウィリアムス(米、40勝27KO2敗)  1.2倍
   元暫定C 石田 順裕(日本、24勝9KO6敗2引分け) 4.0倍

インターネットでオッズを探し回ったところ、上記の賭け率が出ていた。正直なところ、-1000対+600くらいが妥当だろうと思っていたので、びっくりした。このオッズはパッキャオvsマルケスⅢ並みである。石田にマルケス並みの勝算があるという見方があるというだけで、日本人としては喜ばしい。ある意味でこの試合は、西岡vsマルケス弟に匹敵する重要な試合である。

ロナルド・ライトをワンサイドの判定に下した時には、新たなパウンド・フォー・パウンドはウィリアムスで間違いないと思ったし、スーパーミドルまでの4階級までそんなに時間はかからないだろうとみていたのだが、とんでもなく伸び悩んでしまった。

伸び悩んだ最大の理由は、打たせずに打つというボクシングの基本を、本人も身につけなかったしトレーナーも教えられなかったということである。ウェルター~ミドル級で2mを超すリーチ、素早いフットワーク、多彩なコンビネーションがあるのだから、相手の射程外から勝負を付けてしまうことが十分に可能であったし、少なくともライト戦ではそれができていたのである。

マルティネスとの2戦、シントロン戦、そして前回のエリスランディ・ララ戦とも、相手を打ちのめしたいという気合ばかりが先に行って、体が固まってしまい、相手の射程に自分の急所をさらしてしまうというアウトボクサーとしてやってはいけないことばかりをやってしまった。もともと一発のパワーがあるタイプではないのだから、出世試合のマルガリト戦のようにアウトボックスに徹するべきなのである。

さて、その上での今回のマッチメイク。どうみてもウィリアムスに本来の出来を取り戻させたいという調整試合的な意味合いで組まれた試合である。本来であれば、ララ戦がそうであったはずだが、ウィリアムスの伸び悩みが想定した以上にひどく、ああいう結末になってしまった。

だから、この試合のポイントはただ一つ。ウィリアムスがきっちり戻すことができたかという点に尽きる。本来のボクシングができれば、率直に言ってそもそも石田と同じリングに立つべき選手ではない。ミドル級のタイトルはおろか、スーパーミドルでアンドレ・ウォードやカール・フロッチ、ルシアン・ビュテとビッグマッチを戦うはずの選手なのである。

ただし、オッズにみられるように石田の勝算がない訳ではない。ウィリアムスの伸びがもう止まっていて、かつ石田を完全に「なめて」いる場合は、カークランド戦の再現がありうるだろう。むしろ石田と競った試合をする方が、近い将来コットやカネロ・アルバレス、フロイド・メイウェザーと組まれる可能性があるので、ウィリアムス本人もその方がいいのかもしれない。

しかし、私の希望はウィリアムスがすぐれた身体的資質を生かして、相手を寄せ付けないボクシングを見せてくれることである。いまのままで成長が止まってしまうとしたら、本来楽しめたはずの手に汗にぎるいくつかのビッグマッチが実現しないことを意味する。それは、ボクシング界にとって悲しむべきことではないだろうか。

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2012/02/14

塩見鮮一郎「貧民の帝都」(続き)

本書の表現を使うと、「子殺しと飲酒と喧嘩、こそ泥と売春、乞食」「梅毒とハンセン病と精神病」が常態化しているのが明治時代の貧民窟であって、これはおそらく現代の発展途上国におけるスラムと変わらない。心臓には非常によろしくないが、本当の貧困問題とはどういうものかを考える上では忘れてはならない視点であろう。

こうした事態に立ち向かったのが渋沢栄一(第一銀行、東京証券取引所等の創始者である実業家)、賀川豊彦(キリスト教徒であり社会運動家)といった人々であった。困窮民を保護するための養育院の歴史や経緯、世間がこうした施設をどのようにみていたかといった点についても詳しく考察されている。

(ちなみに、本書には触れられていないが、有馬記念にその名を残す日本中央競馬会2代目理事長・有馬頼寧[よりやす]も、社会運動・慈善活動で財産をかなり使ったことはよく知られている)

現代の日本は、役所の不手際で時々悲惨な例があるとしてもそれは圧倒的少数で、さまさまな角度からセーフティネットが施されている。確かにホームレスの人達は気の毒であるが、さまざまな理由で住所氏名を隠す必要があったり、親類縁者とは連絡を取れない事情があることが多い。赤の他人が先頭に立って解決すべきだとは断言できない。

私が思うには、格差問題が社会的に喫緊の課題となるとすれば、それは(社会階層として)上位者と下位者の間に、社会的にも文化的にも乗り越えられない壁ができてしまう場合である。

社会階層としての上位者も下位者も話す日本語が同じで、上位者でも聞いている音楽がAKB48で、下位者の方がむしろ美術館や博物館に行って文化に触れる機会が多く、1日の日給程度の支出で大抵のぜいたく品(酒や高級食材)が手に入るのであれば、それは乗り越えられない壁というべきなのであろうか。

(ちなみに、仮に日本の人口がこのまま減少して、大規模な移民受け入れを行うような場合に、上に述べたような問題が顕在化するだろう。)

本当に社会全体として取り組むべきなのは、「絶対的」な格差なのであって、「相対的」な格差ではないのではないか。いまの世間の論調は、「相対的」な格差さえ許さないというように聞こえる。これは行き着くところ、小学校の運動会で全員同時にゴールさせるようなもので、私にはその方が問題であるように思えるのである。

p.s. 他にも書評あります。こちらへ。

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2012/02/13

塩見鮮一郎「貧民の帝都」

最近、貧困や格差についての本を読んでいる。特に興味があるのは明治時代の貧民窟(スラム)に関するもので、現代と比較していろいろ考える材料となっている。

なぜ明治時代かというと、現代に関する資料を読めば読むほど、「やらせ」とまでは言わないにしても、どう考えても緊急に対策が必要なようには思えないからである。書名は挙げないがある「ネット難民」に関する本など、ニートの若者がある日思い立ってネットカフェで暮らし始めるというものであった。勝手にやってろというだけのことである。

さて、明治時代の貧民に関する資料としては、横山源之助「日本の下層社会」、松原岩五郎「最暗黒の東京」が古典的なテキストであるが、いかんせん表現が古過ぎてそのままでは読みにくい。本書は2008年の出版だから、いま読むには違和感はないし、この両方の古典について記述や挿絵などを引用した部分が多いので、明治時代の貧困問題についてアウトラインを知るには適切である。

加えて、明治時代に書けなくて現代なら書けるのは、それらの貧民窟がいまどうなっているのかということである。結論から言うと、明治時代に貧民窟だった場所は関東大震災で壊滅的な打撃を受け、さらに東京大空襲で東京中が焼けてしまったので、現在は全く普通の市街地になっている。

ただ、空襲で焼け野原になったといっても、もともとの地形がすべてなくなってしまった訳ではない。本書にはどこに貧民窟があったのかの地図も示してあるが、地形や周辺の立地から、なるほどと思う場所も少なくない。バブル以前の東京を覚えている世代としては、昔の景色を思い出して感慨深いものがある。

この本では、まず明治時代の貧民窟の成り立ちから話を始める。明治維新の混乱時、江戸から東京となる時期に東京は一時無政府状態になり、混乱を極めた。富裕層が財産を持って逃げ出すのは、明治維新の江戸でもベトナム戦争末期のサイゴンでも変わらない。

やがて新政府による管理が始まったが、江戸幕府がかろうじて保っていた秩序維持のための取組みは新政府に引き継がれなかった。加えて、江戸時代には許されなかった移動の自由が認められたため、多くの困窮者が東京へと流入したのである。ここで問題だったのは、その中に大量の子供達が含まれていたことである。つまり、貧困階層が再生産されたのである。(この項続く)

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2012/02/09

青森県立郷土館

この間の青森で、青森県立郷土館という博物館に行ってきた。ここが予想以上に良かったので、当地を訪問される方にはぜひお勧めしたい。

十和田湖に近い酸ヶ湯温泉で4mの積雪があり、青森県境に近い秋田県の玉川温泉では雪崩の被害があったように、先々週からの寒波で北日本は相当な影響を受けた。下の写真にあるように、青森市内でも歩道と車道の間に高い雪の壁が出来ていた(この中に本当の壁がある訳ではない)。

こうした状況なので、青森市に宿をとる場合に、駅前でなくてワシントンホテルにしてしまうと、結構な距離を歩く羽目になる。歩くと10分かそこらなのでタクシーに乗るかどうか迷う一方で、雪が深いのでカートを引いていくにはちょっと辛い。大通りには融雪のため温水が出ているので、ところどころ水たまりになっているのも面倒である。

青森県立郷土館は、そのワシントンホテルのちょっと先にある。元はどこかの銀行の店舗だったということで、戦前の風格のある格調高い建物であるが、出入口だった場所が雪でふさがってしまっている。本当の出入口は自動ドアで、職員の方が雪かきをしてくれている。

入口すぐ横にロッカーがあるのでコートを預けようとすると、「中はまだ寒いから着て行った方がいいですよ」と言われる。外は零下6度。それでも雪壁で風がふさがれるためなのか、体感気温はそれほど寒くはないのが不思議である。開館時間(9時)を過ぎたばかりなので、室内もまだ寒い。

2階と3階が展示室となっていて、中はかなり広い。青森県の自然や歴史、暮らしに関する資料が整理されていて、時間がたつのが早く感じる。思わず見入ってしまった視聴覚資料は、鎖国時代に漂流してロシアに流されてしまった人の話と、戦中・戦後の青森市のスライド。青森市も、テニアンから飛び立ったB29の爆撃で、相当の被害を受けたのである。

さて、東北に行くと気になるのが、零細農民の暮らしである。現代では品種改良により北海道など寒冷地でも稲作が可能であるが、江戸時代には寒さに強い品種などないから、東北といえば冷害とセットであった。現代の常識では、米ができないなら他の手段で何とかしようと考えるが、江戸時代には他の生産手段も移動の自由もない。自分だったらどうするかと考えても、なかなか考えつかない。

江戸時代末(というより明治時代初め)、薩長の討幕軍に抵抗したということで、会津藩松平家が強制移転させられたのが斗南(となみ)藩、十和田湖畔から下北半島にかけての領土であった。主君に従って多くの家臣が極寒の地に移転してきたが、寒さと飢えで命を落とすものが少なくなかったという。

ちなみに、現代の青森で全国トップシェアを誇るのがりんごの生産であるが、りんごの苗木が日本に入ってきたのは明治時代に入って以降のことである。りんごに関する資料も、3Fに展示されている。(ちなみに、りんご以外ではにんにくも全国1位だが、りんごと違って輸入品のシェアが大きい)

このように生死が紙一重だから、信仰の世界も非常に重要となる。「おしらさま」や「虫送り」をはじめとする北国独特の民俗資料も、ここには数多く展示されている。自然条件が厳しくなると、念仏や座禅、法華経といった鎌倉仏教のような理論的観念的なものよりも、アニミズムというか原始宗教に近くなってくるのは面白い。

夏の気候のいい時期なら十和田湖や八甲田山、下北半島の雄大な自然を堪能するのも気持ちが晴れるが、あまり外に出られない冬は、こうした文化施設でこの国の来し方行く末に思いをはせるのも悪くはない。

p.s. 他にも日本各地の紀行文あります。こちらへ。

Imgp3806 青森市は街中でもこんな雪です。ここは歩道、雪の壁の向こうが車道。

Imgp3808 北国独特の屋内。板の間にござ、囲炉裏。私の祖先も、こうした囲炉裏端で長い冬を過ごしたのだろうか。

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2012/02/07

SUPERBOWL XLVI 回顧

SUPERBOWL XLVI (2/5、インディアナポリス)
ニューヨーク・ジャイアンツ 21-17 ニューイングランド・ペイトリオッツ

今シーズン最後のゲームはジャイアンツがペイトリオッツを逆転して、4年前に続きスーパーボウルチャンピオンとなった。

u/oが55点だったにもかかわらず両チーム合わせて38点しか取れなかったことに現れているように、この試合のポイントはブレイディの調子が悪かったということに尽きる。何しろファーストプレイがセイフティで、試合を決めた4Q残り5分過ぎからのパスミス2本である。特にウェルカーへのパスは、シーズン中であれば間違いなく決めたパスであった。

ゲームを通じてロングパスをほとんど投げておらず、唯一といっていいグロンコウスキーへのロングパスは失速してインターセプトされた。ゲーム中にジャスティン・タックから受けたサックで、肩の調子が悪かったのかもしれない。とはいえ、ウェルカー、ブランチ、グロンコウスキーへのショートパスだけでは、局面は打開できない。

2007年シーズンのランディ・モスのような飛び道具がなく、せっかく入れたオチョシンコもほとんどおとりにしか使わず、プレイオフに入って急浮上したレシーバーもいないというのでは、さすがにレギュラーシーズン以上を期待するのは難しかったかもしれない。

一方のジャイアンツ、イーライ・マニングは2度目のスーパーボウルで、兄ペイトン・マニングを抜いた。もちろん兄貴の方は自分が抜けるとコルツはリーグ最下位で、イーライが抜けてもジャイアンツはそこまで負けないだろうから、チームに占める比重という点では兄貴が上である。

しかし、ゲーム中に不利な状況であってもほとんど平静を失わず、終わってみればファンブル、インターセプトなし、8割近いパス成功率なのだから、数年前の調子の波の激しかった時期を考えると、驚くべき成長である。ドラフト同期のロスリスバーガーもスーパーボウルを2度制覇しているのでその決着はこれからとしても、ドラフト直後のトレード相手であるフィリップ・リヴァース(ちょうど昔の江川×小林と同じパータン)との勝負はついたのかもしれない。

さて、これで3シーズン連続してNFCがスーパーボウルを勝ったことになる。AFCがペイトリオッツ、スティーラーズ、コルツの3チームで優勝を独占している間に、レベルが逆転してしまったようである。来シーズンも、パッカーズ、セインツ、ジャイアンツ、49ナーズの各地区優勝チームに加えて、イーグルス、ライオンズ、ファルコンズといった今期あと一歩だったチームがチーム力強化を図ってくるとなると、NFC優位は動かないような気がする。

p.s. 他にもNFL情報あります。こちらへ。

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2012/02/06

ドネアvsバスケス戦回顧

WBO世界スーパーバンタム級タイトルマッチ(2/4、米テキサス州サンアントニオ)
ノニト・ドネア ○ 判定(2-1) × ウィルフレッド・バスケス

私の採点もジャッジ2名と同じく117-110ドネア。バスケス勝ちとしたジャッジは一体どこを見ていたか不明で、せめて114-113バスケス位にしておかないと、サスペンドにされはしないか心配である。ともかく、ドネアが4階級制覇を達成した。

WOWOWの放送がリングインからでなかった時点で判定となることは予想されたけれど、バスケスの堅い守りにドネアは相当苦しんだ。クリーンヒットはドネアが多かったが、バスケスが丁寧にジャブを突いて、中盤では一時リズムに乗りかけた。ところがワンパンチはやはりドネアが上だった。

中盤で、頭の横をかすったドネアのパンチが効いたのを見て、マイク・タイソンの全盛期を思い出した。芯を捉えていなくてもあれだけ効いてしまうのだから、いくらガードをしっかりしていても相手にとって厳しい。結果的にはパンチ力の差が最後まで響いてしまった。

バスケスがKO率ほどのハードパンチャーでないことは予想記事にも書いたとおりだが、終始ガード主体で戦っており、まともに打ち合うことをほとんどしなかったのは、陣営でもそのあたりは分かっていたと思われる。どちらかというとボクサータイプで、ジャブで相手を近付けない戦いをしたかったように見えた。

さて、これからドネアがどうするかであるが、試合後に左手が血まみれだったことから、おそらく指を骨折しているのではないか。ハードパンチャーの宿命とはいえ、しばらくの間は試合から遠ざかることになりそうで、西岡戦はちょっと遠のくことになりそうだ。となると、西岡の相手はモンティエルあたりということになるのだろうか。

もう1試合のチャベスJr.vsマルコ・アントニオ・ルビオは予想通りの展開。チャベスが前に出るものの、パンチに切れがないのでルビオを追い込めない。逆にルビオに下がりながらカウンターを入れられていたので、4~8ポイント差と中差の判定となった。

このクラスの絶対王者であるセルヒオ・マルティネスにはちょっと歯が立ちそうにないのと、人気面のライバルであるカネロ・アルバレスとの実力差が開いてきたような気がする。もしいまアルバレスと戦えばKOされてしまうのではないかと思うほど、チャベスに進歩がみられなかったのが残念であった。

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2012/02/03

WBO世界スーパーバンタム級王座決定戦展望

WBO世界スーパーバンタム級王座決定戦(2/4、テキサス・サンアントニオ)
○3階級王者 ノニト・ドネア(フィリピン、27勝18KO1敗) 1.08倍
   前同級王者 ウィルフレッド・バスケスJr.(プエルトリコ、21勝18KO1敗) 6.75倍

フライからバンタムまで制覇したドネアが、遂に4階級目のスーパーバンタムに進出する。このクラスには日本の誇る西岡がいるが、正直なところドネアとリゴンドーの頂上対決がこれからスーパーバンタム級の焦点となるだろう。相手は前チャンピオンのバスケスJr.。楽な相手ではないが、ドネアと対抗しうるかというと、なかなか厳しそうだ。

もともとこのクラスのタイトルはバスケスJr.が持っていたが、昨年5月ホルヘ・アルセに終盤KOを食らって陥落した。アルセがこのタイトルを返上してバンタム級に下げ、バンタム級のチャンピオンだったドネアがそのタイトルを返上して今回の決定戦に臨むことになる。ドネアが勝つと、ちょうどアルセとタイトルを交換したことになる。やらせのようだが、両者ともちゃんとランキング上位と決定戦を行っており、スター選手を流出させたくないWBOの戦略といえなくもない。

ドネアがバンタム級に上げてからの試合は、シドレンコ、モンティエル、アルバレスといずれも圧勝である。下のクラスでは時折凡戦がみられたのだが、バンタム級が合っていたのか、あるいはパッキャオのようにクラスを上げてますます強くなっているのか。今ならダルチニアンと戦ってもUnderdogになることはないだろう。

(話は変わるが、ダルチニアンが山中のWBCタイトルに挑戦するため、4月に日本に来るらしい。このところ負けが続いてファイトマネーが下がっているにしても、これはうれしいニュースである。)

一方のバスケス。全勝で親子チャンピオンに上り詰めたまではよかったが、アルセ戦のKO負けで一気に株を落としてしまった。KO率はものすごいのだが、それほどの強打者という訳ではなく、アルセにダメージを与える前に食い下がられてしまった。打たれ弱さも証明してしまったので、ドネアにはそのあたりを付け込まれそうだ。

身長は同じくらいだが骨格ではバスケスが上なので、そのあたりがバスケスの希望。とはいえ、モンティエルを一発で倒した左フックがさく裂すれば、少々の体格の差は関係ないような気がする。

リゴンドーは次にサーシャ・バクティンとやるようなので、ドネアは頂上決戦までにあと1試合可能である。何とか西岡と戦ってもらう意味からも、ここはあっさり通過してほしいものである。

この試合は、日曜日夜のWOWOWでタイムリー・オン・エアされる。ダブルメインイベントのもう一試合は、チャベスJr.vs マルコ・アントニオ・ルビオ。実力<人気のチャベスJr.が、ルビオ相手にどの程度の実力差を示せるかが見どころだろう。

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2012/02/02

SUPERBOWL XLVI 展望

SUPERBOWL XLVI (現地時間 2/5、インディアナポリス)
   ニューヨーク・ジャイアンツ(NFC)
○ニューイングランド・ペイトリオッツ(AFC) -3.5

今年のスーパーボウルは、2007年シーズンの再戦となった。2007年シーズンは、18連勝でスーパーボウルに臨んだペイトリオッツを、ジャイアンツが大番狂わせで破った。今年はあの時ほどの大差はついていないが、やはり地力のあるのはペイトリオッツではないだろうか。

勝負の鍵を握るのは、ブレイディの出来ということになりそうだ。プレイオフに入って、ブロンコス戦ではプレイオフタイ記録の6TD、レイヴンス戦では一転して0TD2INT。レイヴンス戦では、グロンコウスキーやウェルカーに近場のパスは決まるのだが、WRへのロングパスがほとんど通らなかった。

もちろん、レイヴンスとブロンコスのディフェンスの差もあるのだが、2007年シーズンのランディ・モスのような飛び道具がないのは気になるところ。レイヴンスと違い、ある程度はグリーンエリスのランも計算できるものの、点の取り合いになった場合、フラッコと違ってマニング弟には得点力がある。

一方のジャイアンツ。パッカーズには快勝、49ナーズには大事なところで相手のミスが出て辛くも延長戦を制した。2007年シーズンと同様、終盤戦からプレイオフにかけてチームが違ってきているので、得意の接戦に持ち込めば2007年の再現も十分に考えられる。最近のマニング弟は調子の波がなくなってきている点も強調できる。

とはいえ、マニング弟がブレイディの域に達しているとは考えにくい。ルーカス・オイル・スタディアムはコルツのホームなので、極端なアウェイにはならないと思われるものの、やはり大舞台の経験値ではブレイディが上。ペイトリオッツが2007年の借りを返すとみるのだが、さてどうなるか。

p.s. 他にもNFL情報あります。こちらへ。

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2012/02/01

田酒の旅(完結編)

夜の部は東横インから歩いてすぐ、ファミリーマートの2階にある郷土料理の店、「鱒の介」(ますのすけ)へ。ここは前もってインターネットで調べたところ、田酒を置いてあると書いてあったのである。以前に、とあるホテルの中にある日本料理店で田酒を切らしていたことがあるので(一見さんなので、体よく断ったのかもしれない)、あえて小さな店を選んでみた。

鱒の介とは、鱒のでっかいやつである。ニックネームのように聞こえるが歴とした正式名であり、魚介類図鑑にも載っている。サケ類の中で最も大きな種なのだそうだ。もともとシベリア方面にいる魚で、海流の具合で北海道や本州北部でも獲れることがあるらしい。

それはそれとして、田酒である。さっそくお願いしたところ、最後の1本(1升瓶)だそうである。あるだけは飲ましていただけるそうだ。残っているのが山廃仕込みだけなので、普通の田酒の値段で出しているとのこと。1合860円、決して安くはない。

市場の中と違って、コップを入れた枡に、冷やした一升瓶から注いでくれる。さきほど飲んだ「標準の田酒」よりも、さらにキレがいい。家の奥さんは「まるで水のようだ」と言う。店のおばさんは、「ワインに似ているというお客さんもいます」とのことであったが、そこはやっぱり違う。

「美味しんぼ」の最初の頃に書いてあったけれど、ワインと日本酒には果実酒と穀物酒の違いがある。「生ガキにシャブリは合わない」というセリフがあったが、基本的にワインと魚(特に生の魚)は相性が良くないようだ。ワインに似た日本酒というと「上善如水」のように香りが立った酒を指すことがあるが、個人的にあの香りはあまり好きではない。

その点、田酒は非常にキレがいい。前回も書いたけれど、純米酒のイメージからすると驚くほどの辛口である。しかも、アルコールの辛さではない、米と麹の醸し出す辛口なのであった。これが魚とは非常にしっくりくるのである。醸造用アルコールが加わった「淡麗辛口」とはちょっと違うのだが。そのあたりは、飲んで試していただく他にない。

肴は、まずお造り(まぐろ、いか、ホタテ)。次に焼き物。湯豆腐お新香と続いて、締めはタラのじゃっぱ汁(私はあらが苦手なので十三湖のしじみ汁)とおにぎり。奥さんは田酒をおかわりし、私は他のお客さんの分がなくなると悪いので、同じ西田酒造店の喜久泉をお願いした。お勘定は1万2千円。半分は酒の値段である。

昼間から飲み続けた酒はさすがに効いて、狭いダブルベットに夫婦で泥のように眠った。その間も雪は降り続き、翌朝の東京→青森便が欠航になることはこの時には全く気付かないのでした。

p.s. 他にも国内紀行文あります。こちらへ。

Imgp3811_2 という訳で、買ってしまいました、田酒。

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